December 04, 2022

待降節第二主日

きょうは吉祥寺教会にいく。庭でぐすぐずしていて5分前に聖堂に入ったらもう座る席がなかった。びっくり。コロナ前に戻っている。それで翼廊のところのベンチに座った。そのベンチも見る間に埋まり、2階のギャラリーに続く階段のところにもスズナリになって座っている。後ろに立っている人も。コロナ前はこんなだった。それはもう戻らないと思ったのだけれど。年配の方々も元気にいらしていた。コロナで蟄居をしていても元気を失わずに活力に満ちてすごい。そしてミサの予約とか人数制限がなくなり、受付での厳しいチェックも検温も消毒の強制もなくなった。こんなに感染者増えているのと反比例して。こんな日が来るとは。聖歌隊は人数増えて、若い人が中心になり声も若々しくなりいい感じだ。聖体拝領の列は長く、様々の年齢、様々の国籍の人たちが並び、司祭の声も力強く、コロナを克服したかにみえた。そう信じていいの? 

 先週から典礼の言葉が新しくなったのだが、11月に吉祥寺の友人が「こんな説明不足のまま来週からみんな大混乱するのは目に見えている。そういうことが想像できないのか?」と世紀末的な悲観をしていたがそれほど難しい改訂ではないので慣れれば混乱はないと思う。きょうもスムーズだった。言い間違える人がいても半分以上の人はちゃんと変更箇所を唱えているので。ただ吉祥寺ヴァージョンは不可思議で、一番肝心なところを前のままにしている。ここが一番ラテン語原文と違うところなのに。次の段階は会衆が声を出していいという段階ですね。キリスト教が公認されてカタコンベから出てきた人たちが今までおさえつけていたエネルギーを爆発的に噴出させて聖歌の花畑を咲かせたようにカトリック教会も会衆が歌っていいことになったら会衆は燃えるように歌うでしょう。

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December 03, 2022

本番一つ終了

12月に5つある本番のうち1つがきょう終了。軽く打ち上げして帰る。聖堂が暖房なくて寒かったが今までの中で一番お客さんいた。通りすがりの若者が入ってくれたりして。下北沢ならではの感じ。教会も入りやすいし。2時から5時までの3時間の仕事でした。

このあとはスカイプがある。

以前、山で大怪我して助けを求めた山小屋の人に、毎年季節ごとにお礼にお酒など送っていたが、今年からはその山小屋の方からおいしいものをいただくようになってしまった。地元金沢のものとか、昨日は九州に行ったお土産というのを送ってくださった。私が怪我したのは2010年だから随分前のことだけれど、あの御恩は絶対に忘れられない。きょうはしっかり疲れをとってよく寝て、明日に備える。明日、明後日、しあさってとすごく忙しいので健康第一。しかしこれだけ山トレしていれば大丈夫でしょう。

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December 02, 2022

また山トレ

明日はプチ本番があるというのに、きょうもうずうずして山に行った。早朝に発って12時に下山の予定で。樹林帯の中の急登というのは展望の楽しみもなくひたすら地味に苦行のような登りになる。私は修練の道1,2,3とか名前をつけてきょうは修練1に行く。楽しみというより苦行なのだが苦行が私には楽しいのです。短時間だがあなどれない急な登り。ロープとか付けてあるがそういうの頼らず、ストックも使わず体幹を鍛える。楽しかった!ハアハア、と息づかいは荒いが苦しくはない。紅葉の写真を撮ったり、道に大好きな野アザミが咲いているので写真とったりした。でも肉眼ではあんなにきれいだったのに写真見るとあまりよくない。山頂につくと、小屋のお兄さんが私に「日光連山が見えていますよ、ほら、あっちに」と教えてくれた。富士山ばかり探している私は嬉しかった。富士山はどこにあるかわかっているのだが富士様の上(横というべき?)だけ不思議な形の雲がかかっていてすっぽり覆い見えない。雲はいずれ動くだろうと思ったが形を変えながら何としても富士山を見せまいとしている。悪の力が働いて神を見せまいとするその悪の力が雲だ。しばらく目を凝らしていたがきょうは神=富士様は見えない日。山頂でけんちん汁を頼んで、持ってきたお餅を食べる。美味しかったー!

温泉のあるほうに下山するので風呂道具を一応持ってきたが、温泉でゆっくりしている場合ではないでしょう、ということで走って下山。きょうは帰りの農家で嬉しいことにローリエ、梅干し、菊芋を買った。安い!!特にローリエはスーパーで買うと高いので嬉しい! 菊芋も安い。親戚の子に今週会うので分けてあげよう。それから走ってまた別の農家でルッコラを買う。これらはすべてきょうの夕飯にあがる。そして駅でビールと絵葉書を買い、駅のベンチで一気飲み。電車に乗って終着駅のカフェでおいしい深煎り有機コーヒーとパンを買う。絶品のパンなの。

電車のなかでも歩きながらも本番のシミレーションはしっかりしたのでサボった感じはしない。スマホに次々くるG家関係のメールもちゃんと山の中で読んだし。楽譜もザックに入れて行ったので電車、バスのなかで譜読みはしました。

昨日、すごく疲れていて、山は無理かなとも思った。しかし目覚ましはかけて、エイヤ!と起きる。意志の力で。山に一人で行くと体も心も鍛えられる。幸とは何かということがわかるので多少嫌なことがあっても全く動じない。だって山の中で味わう超越の世界を知っているから。

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December 01, 2022

12月

1年最後の月になってしまった。駆け抜けてきたという感じ。やはり12月は忙しい。小さいのも含めて本番5つあるし。G家との往復に登山の時以上の重量の荷物背負っているので(もはや手では持てない)結構トレーニングになるというか疲れるというか。土日の間もG家のことに対応できるようにデーターを自宅に送ったりいろんな資料持ち帰ったりしている。

イエズス会の英神父の「奉献生活とコロナ」という講話がユーチューブにあがっていたので見た。すごく面白かった。コロナによって空間がゆがめられたこと、空間の共有がないと健全には生きれないことなど、参考になった。彼は話し方もユーモラスで面白いんですよね。

12月3日、今週の土曜日、世田谷教会で中世聖歌受講生による小さい発表会をします。内容が典礼音楽なので(待降節と降誕の歌、すべてラテン語)、音楽による祈りの会のようなスタンスでしている。特に宣伝はしませんが数人の方が聴きに来られる。4時半から。入場無料。普通の発表会と違ってそれにむけてずっと練習しているのではない。この1年の蓄積を当日の2時間の練習で一気にガガガーっと本番仕様の仕上げに持って行く。だから私の指導力と練習管理(時間管理)能力が試されるわけです。でも出演する方々の力量に応じてそれなりに仕上げていくのできっとよい時間がつくり出せるでしょう。

 

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November 30, 2022

版画と写真

町田にある国際版画美術館に、先日親戚の子に誘われて行ってきた。新聞で記事を見て行きたくなった、一緒に来て、ということで。その企画展は作品は全部フランス人のものだった。版画と写真と両方。区別がつきにくかったりもする。使われた道具や製作法も展示されているので専門家には面白いかもしれない。写真も版画も共に複製可能なものでいろいろな道具や化学処理などで造っていくので絵筆をとって制作する絵と比べて芸術性は下のように(特に写真は)私は見ていた。しかし、音楽から転身して写真家になった人を2人知っており、彼らの作品を見ているうちに写真もオリジナリティのある芸術だと思えるようになった。私の父は版画と写真を趣味にしており、それはそれはすごい打ち込み用でどんなに狭い家に住んでいたときも父の写真用の暗室は作られた。黒幕も大きいのがあって。でも上記の理由で「それは芸術ではない」となんとなく低く見ていた。ごめんなさい、お父さん。父が亡くなった時、写真の現象に使う劇薬が大量に残され、処分に悩んだ。専門家にひきとってもらったが。

 きょうは父の命日。父の版画を使って友人がそれを手紙用のシールに加工してくれた。いつでも、いくらでもやってあげるという。我が家のカレンダーは父の版画の手作りだった。年賀状もクリスマスカードも。年賀状は全部ファイルしてあるので我が家の(伊藤家の)記録がわかる。版画美術館に行くと、お父さん見たら喜ぶだろうな、こういうの好きだろうな、と思った。ワープロのフロッピーにも最後のデーターは版画の技法のことが残されていし、入院中も看護婦さんに版画を教えていた。もっと長生きしてくれたら父の良さをもっと生前にみつけられたのに。早すぎる帰天だった。

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November 28, 2022

山トレ

きょうは危険個所はないがロングコースを歩くという目的で出かけた。薄曇りで青空はなかったがでも快適な気温だった。レイヤリングもばっちり。人に会わないコース。登り始める前に農家で梅干し買った。G家のおいしい梅干しあるけど梅干しって見ると買いたくなる。ここの梅干しは本当においしいの。縦走の最後のピークA地点までいったらそこで小屋のおでんを食べよう。そしてB尾根を降りて、登山口近くの農家で黒豆を買って、C駅で日本酒買って(相模灘)、D駅のカフェでコーヒーとプリン。それを目標にガシガシあるいた。アップダウンアップダウンをくりかえし、きょうはいっさいまき道使わず、直登にして、平なところは走った。最後はバスの時間があるので猛ダッシュ。バスが着く7分前に到着したがトイレに行きたくて、遥か彼方に見える公衆トイレに猛ダッシュ。きょうはよく体を動かしたぞ。初冬の山道、何て素敵なの!全く疲れず、家事もやってそのあと神学ズーム。2時間越え、長かった。ディスカッションも飛び交うし。

明日からまた頑張ろう。

 

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November 27, 2022

きょうの日誌

きょうは待降節第1週。教団の教会に行った。礼拝のやり方をきょうからコロナ前に戻す、ということでびっくりした。カトリックよりずっと厳しく制限をかけてきたのに。少しづつ緩和されてきたがきょうは一挙に。感染者は増えているけれどそれとはまた別の判断でしょうか。讃美歌を起立して歌う。主の祈りも使徒信条も。ただし奉仕者は牧師だけ。オルガニストも朗読者も司会者もなし。つまり信徒の祈りがなし。そして詩編交読はまだないが讃美歌を歌えるというのが大きな変化だ。

そのあとG家の友人の声楽のリサイタルに行く。中板橋に新しくできた、永田さんの音響設計によるすばらしいホール。彼女のリサイタルは極力行っている。病気で苦しみ、痛みに耐え、リハビリとかがんばりそのようななかであきらめずに傷みのコントロールをしながら音楽を続けている。なんというか全人格をかけて歌っている、真剣勝負が伝わってくるのでその真摯さにもらい泣きしてしまう。バッハのマタイのなかのアリアとペルゴレージのスタバト・マーテル。悲しい歌を歌う時は舞台に出るときから泣きそうな顔でくるので歌う前からもらい泣きしそうになる。帰る時、彼女が楽屋から出ていてくれたので挨拶できた。「ゆりさんにもらった楽譜で歌ったんだよー」と言っていた。シェメリのことかな?

 

大急ぎで帰っても夕飯は作れないのでお弁当買って、夜はズームの最終回。こんなにコロナが長引くと思っていなかったので私のズーム講座も長くなったがこれで一区切りです。

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November 26, 2022

天気

土曜日は晴天予報だったから私はきょう頑張っていろいろなことを進めて明日に備えて大福とかお餅とか買って行動食準備し、そして明日あの鎖を無事に通過できたらご褒美に飲もうと思ってガリシアビールもクイーンズ伊勢丹で買っておいたのに、急に雨予報になるって何? 雨でも行くという訓練もあるけれど明日は鎖の練習なので、そしてほぼ垂直の壁でつるつるすべると聞いているので危険は回避。日曜日は忙しいので月曜日という選択肢もあるが夜、ズームホストの予定があるのでもしものことを考えるとやはり危険回避してただロングコースをガンガン歩くようなトレーニングにするか、、、。その時は雨でも行く。だったら明日雨でもそのコースで行けばいいじゃんとも思う。迷いの夜。

この時期、いつもイタリア書房からのイタリア直輸入のカレンダ―が届く。ちょっとお高いけれどでも素敵だし、イタリア書房は教会の友人が家族でやってきている会社だし、娘も学生時代アルバイトさせてもらったし(かわいがられすぎてあまり働いているように見えなかったが)、2~3種類のカレンダーを購入させてもらっていた。でも今年は中止になってしまった。聞いたら航空運賃の値上げその他で、今までのようなサービスができなくなったということ。悲しいなあ。ということは私の手作り封筒にも影響が出る。もう作りすぎているから1年、封筒制作を休んでもいいかな。

もう、夜中だけど、、歯磨きもしちゃったけど明日の行動食ーバテ予防の塩豆大福を今食べちゃおうかな。和菓子、特にあんこのものなんて普段は絶対にたべないが山で食べると本当においしいの。今,書きながら食べちゃった。焼酎で流し込む。山の食糧は(他にもそういう人多いけど)、無印の店、カルディで調達していたが最近はもっぱらクイーンズ伊勢丹。パンも。

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November 24, 2022

武蔵野日誌86

自宅とG家を往復するときの荷物は(リュック)、日帰りの登山の時よりもはるかに重い。楽譜と資料と書類とでずっしり。あと帰りは持ち帰りの楽譜と共にいつもG家で入手する野菜とかお酒とかそんなものが入っている。帰りは縦走の時と同じくらいの重量である。トレーニングと思ってこれで駅の階段を駆け上がったりしている。

きょう、G家でヴリーゲン先生の遺品を見ていて、皆川先生が彼に差し上げた、先生の署名入りの楽譜を見て胸いっぱいになる。ヴリーゲン先生はこれを大切にされ、よく演奏会にあげておられたという。それ以外にも中音版の楽譜をたくさん差し上げていた模様。このような資料を託される時、自分の職業と人生が交叉してなんとも不思議な感覚とともに感謝の念が沸き起こる。そこにはちゃんと神様がおられるのですね、と思う。馬鹿にされるかもしれませんがそんな風に思える。

自分の部屋が完全にカオスになっていて、朝起きたときげんなりする。これが寝る前にぴしーっと片付けて寝たならば朝気分いいだろうな、と思う。しかしヘロヘロになるまで居室で起きていて作業などしていて、「もう限界」となると酒をもってベッドに倒れ込むという生活なので整った部屋は無理、と思う。しかし昨日は祝日で少し気持ちに余裕があったので寝る前に「片づけるよ!」と自分に叫んで少し片づけた。全部は無理なので少しづつと思って。しかしその少しがやはりとてもよかった。朝起きて自分の部屋に行くと、「綺麗!」と思った。これから毎日少しづつ綺麗にしていきましょう。もう年末だし。

 

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November 23, 2022

武蔵野日誌85

信頼できる友人2人から勧められた本を図書館で予約してゲットした。電車の移動中にほぼ読み終えた。最初は面白くて無中になり乗り換え駅で降りそこねそうになるくらい危険な打ち込み方で半分くらい読んで、しかし半分すぎたあたりで飽きてきて、斜め読みになり、三分の2くらいまでのところで「やめだ!もうおしまい」とパタンと閉じて即、図書館に返却してきた。いくら気の合う友人の勧めでもやはり感性には個体差があるから私には受け入れられないんだな。しかも腹がたってきた。あるひとつのキーワードが私にも関係あるので勧めてくれたのだと思うが。「面白いよ」と言われたが私から見るとお調子者が自慢話しているということに尽きる。軽薄なんだよ。考えることが、思考の方向が軽薄な人嫌い。

電車の中で読みたいものがなくなると「中世思想原典集成」のペーパーバック版を持ち歩く。聖書みたいにどこかをぱっと開いてそこだけ読んでも楽しいので。断片的に入ってくる言葉からいろいろなこと考えていくのが好きだ。

 

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