October 01, 2020

本を頂く

著者謹呈、という形で本を頂くことは時々あるのだが、きょうは私自身がファンであるノンフィクション作家の星野博美さんからの本が届いた。しばらくお会いしていない(というか一度しかお会いしたことない)。「みんな彗星を見ていた」ですっかり彼女が好きになり、図書館でいろいろ著作を借りて読み、どうやって知り合いになってメールまでかわすようになったか覚えていない(ボケ?)。彗星がどうのこうのと私がわめくように話していたらラウデージのメンバーが静かに「星野さんはゆりさんのこと知っていますよ。コンサートにも来ましたよ」と言われて舞い上がった。そして彼女が雑誌に私のことをお書きになったので(ラウデージの指揮が面白かったとか、足で指揮しているとか)、2回くらい続けてその雑誌を送ってくださり、どういういきさつか「会いましょう」ということになって武蔵境で会うことになった。彼女はモレーリャのダンスマカーブルのことが知りたい。私はハビエルへの行き方、バスクのことを色々聞きたい、ということでお会いして楽しかった。その後、読売新聞のコラムに私との出会いのこと(武蔵境での)を詳しくお書きになった。私は読売は読まないので知らなかったが生徒さんが、「この記事、絶対杉本先生のことだと思うんですけど」といって切り抜きをくれた。まさに私のことをお書きになっていた。私の第一印象とか、、、。

ああ、楽しみ。カンティガのことやモンセラートのことがいっぱい書いてある本です。皆さんも是非。「旅心はリュートに乗って」(平凡社)

 今、電車、バスの移動中は阿部仲麻呂神父の分厚い神学関係のを頑張って読んでいて、寝る前の読書はマルチン・ブーバーの「対話的原理」。星野さんのいつ読もう?? ブーバーは学生時代に買ってずーっと本棚に置きっぱなしにしていたもの。哲学のなかにポエジーがあって詩を読むように楽しい。ハマーショルドと深い親交があったのだと知る。

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September 30, 2020

9月も終わる

もう少し残暑が欲しかったなあ、とG家で言ったら賛同してくれる人もいた。だって7月が涼しかったので本当に暑いのは8月だけだった。私は夏日になるとタンクトップかノースリーブになるので、そういうのはヘビロテしたが半そでシャツの出番がない。残暑の季節に着る半そでをまだ着てない。スペインで買った花柄のタンガリーも出番なく、明日はもう長袖が必須だな。

マルチン・ブーバーの「対話的原理」を急に読みたくなる。芸術論として。さっき部屋でパラパラ読んだ。

今年の「詩と音楽の時」、尹東柱に出会っていなければエリュアールになる予定だった。相方が好きでやりたいというので。エリュアールの研究書(日本語で読めるもの)が大きな書店にもなくてイライラしていた今年の1月。来年エリュアールだとしたら、そして自分で音楽を作るとしたら、、と空想し、何の問題もなく音楽が湧いてくる。ピタッとはまる音楽が。ま、来年に自分がどうなっているかわからないが。

某修道院で若い人向けの(召命のための)黙想会の講師を頼まれたのだけれど、お受けしたけれど、(その時生きているかどうかわかりませんが)、と心では思ったが口にするとやはり相手に緊張が走り「何かご病気でも?」と聞かれるので言わないでおいた。先日も「北海道の山に行くので熊に会うかもしれません」といって編集の方に大笑いされたし。来年の9月なんてあっという間かも。昨日ラーメン屋のお兄さんに「9月も無事に終わりますね。大丈夫ですか?頑張りましょうね。10月も頑張っていきましょうね。あと3か月で今年が終わりますから」と畳みかけて言われ、今年が終わったって今年の禍はリセットされないのに。

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September 28, 2020

忙しい

ああ、もう忙しいったら・・・。私にとって忙しいというのはあちこち動き回って時間と戦いながら活動している状態を指すのに、パソコンの前で忙しいってもう私じゃないみたいだ。

毎日ルーティンとして必ずしたいこと。ヨガ、ヨガの呼吸法。祈り、ピアノ、コーヒー、寝る前の漫画。

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誌と音楽の時

次回からは音楽は全部私が作曲したらどうか、と提案してくれた人がいる。ロマン派のピアノ曲を1曲ちゃんと弾いてしまうとそれなりに存在感あるので重たくなりすぎる。自分でも音楽うるさいと感じている。ピアノはどうしても独奏楽器なのでピアノ独奏曲で存在を消しながらというのは難しい。私の関係のお客さんはみな私に好意的な意見を言ってくれるが演劇関係の人は「ピアノの音が大きすぎて朗読を圧倒している。あれでいいと思っているのか」とか「杉本さんの華麗なピアニズムに俳優が負けて・・」とかよく言われる。これは誉め言葉ではなく皮肉。私は劇伴とかBGMとかやってきたのでそうしたいなあ、とも思うのだが、しかし私の曲を聞きに来る人、聞きたい人はいないだろう。ピアノにしてもまったくネームバリューのない私がピアノでお金取ること自体後ろめたいが、作曲というともっと何か複雑な気分だ。よく考えよう。

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September 27, 2020

主日

ミサのあとエスニック通りを歩いて、私の好きなマライカに入ったら閉店セールだという。なんでえ~!チャイハネもチチカカも閉店、これでマライカがつぶれたら吉祥寺に行く意味がない(教会はあるが)。なんで?と聞いたら、「なんで、と言われましても、会社の方針なので」「エスニックがもうはやらないということ?」「というか世の中の流れですね。皆さんファストファッションの方に流れるので(GUとかユニクロとかCOCAとか)」、すると横にいた別のお客が、「淋しいわねー、でもあなた(私のこと)みたいにエスニックが似合う人は少ないものねー」と言われる。私は褒められたと思ったのだが、これは誉め言葉ではないという人もいる。リス族のものは?と聞くと「リスはもう本社にも在庫一点もないですね」というではないか。私はリス族、モン族だけではなくお茶を入れるポットもポシェットも帽子も靴もスリッパもアクセサリーもスイカ入れもスパッツもここで揃え、娘のオーケストラ本場用のズボンもここで買い、自分のステージ衣装も。😞

 今日はズームミニ講座が夜にあるので(というか自分がやるので)ピアノ弾いたあと大慌てで夕飯作り、一度でいいから綺麗に整った部屋でやってみたかったが今回もゴチャゴチャのままで恥ずかしいのだがやった。皆さんは綺麗な部屋できちんとした服で参加されている。何かすごく楽しんでくださったみたいで、楽しい、面白いという感想をいっぱいいただくが来月はフランシスコの月なので超真面目モードになる。真剣勝負というかフランシスコを伝えることが私の大きな喜びであり使命であり召命であり。

スペイン音楽のことを話すときはどうしても面白いエピソードを満載してしまう。

あまりにも理不尽な信じがたい理不尽なことがあるので衝動的にドイツの友人にメールしたが返信がない。4日たっても。たぶんあきれて怒って返す言葉がないのだ。というかそんなことにかかずりあっていられないのだ。このひどい状況を私がどう生きるか、これは自分の人間力にかかっているような気がする。

 

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寒い土曜日

何か寒いくらいでしたね。でもピアノ弾いていると熱くなり、脱いで、脱いで下着だけに(というかタンクトップ1枚という私の真夏の仕様に)なって弾いていた。「詩と音楽の時」は積極的に宣伝していないので内輪の、というかいつも来てくれる友人と私の親戚の名が予約名簿に連なる。伊藤、、伊藤、、、というふうに。

 きょうは同じマンションに住んでいた建築士のKさんが売りに出した部屋がついに売れたので明け渡しのためお掃除にいらした。それで美味しい武蔵野の名菓と熱いハーブティーをもってお部屋にあいさつに行った。私よりずっと年上なのだけれど、フレッシュでエネルギッシュで楽しく友達感覚でおしゃべりできる。スコーンを焼いてきてくださり、今、赤ワインとともにスコーンタイムだ。きょうもいろいろがんばった。パソコンの不具合(設定の不具合)をなおしたり、ズームで受講しているフランス語の宿題に時間かかった。パソコン使わなければ短時間でできるものだが慣れない作業で試行錯誤し、IPAタイプを使うのに手間取り、結局ワードの挿入機能でIPA拡張があることがわかりそれを使ったがすごく時間かかってしまった。これに時間食うのはもったいないので次回から手書きをPDFにしよう。今回もそうするはずだったがなんとかパソコンで受講するのだからパソ機能を活かさないと馬鹿になる気がして。それにパソだと抜けが怖い。手書きだったらうっかり抜け落ちがないでしょう(あったりして)。

 明日、日曜日、行くところがあるというのは嬉しい。ミサに。ミサが閉鎖していた間も教団の教会にいけたし、ともあれ日曜日に礼拝に行けるのは、行く場があるのは嬉しい。

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September 26, 2020

パスタ

家にいたので昼は久しぶりにパスタを作る。ペペロンチーノばかりしているのできょうはスペインで覚えた(といってもモレーリャの小さいホテルで食べたやつ)トマトソース。完熟トマトをまな板の上で細かく刻み、トントンして叩いて汁が出てぐずぐずになるまで叩いてボールに入れ、塩、コショー、オリーブオイル、にんにくのすりおろし、(私としてはタイムとクミンも入れ)をいれてかき混ぜる。そこにベランダのバジル(バジルゲリラになっている)やイタリアンパセリ、普通のパセリを摘んで刻んで混ぜる。細いタイプのパスタを茹で、熱いところにこの冷たいトマトソースを和える。食べてみて味が足りなければ塩コショ―足せばいい。おいしかった。スープ代わりに小松菜とケールでスムージーを作り、おいしい昼飯終わり。営業に出かける。その後事務仕事、練習、家事、事務仕事、テレビみたりゆっくり遊ぶ暇はない。でも息抜きはした。駅前の図書館にいくのは日課のようになっているのでとりあえず図書館に行って、館内のカフェでコーヒ―飲みながら阿部師の神学の本を読む。30分くらい読み(楽しかった)、雑誌コーナーのファッション雑誌に目を通し息抜き終わり。

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September 25, 2020

久しぶりのカンティガ

久しぶりにカンティガを訳してみた。コルドバ大聖堂のそばに住む女が、お腹のなかに蛇が住んでおり大変苦しんでいた。カスティリアに巡礼に行こうとする。漠然として、カスティリアのどこかは書いてない。眠っていると夢をみて。「シロスにいくのが賢明だ。そこにはわれわれ修道士が住んでいて助言してあげられる」、、、とシロスのベネディクト会士が夢に現れる。彼女はシロスに行く。また夢で「巡礼はまだ終わってない。地中海と大西洋に挟まれた港の・・・・」とまた助言され、徹夜の祈りをしたりする。あっちこっちをさまようのだ。眠っていると聖母があらわれ「カディスに行きましょう。そこの十字架教会には私の息子もいるわ。夜があけたらすぐに出発するのよ」と言われそのとおりにする。船にのりカディスの教会が見えたとき彼女は口からやせた細いうなぎのような蛇(真っ赤な)を吐き出す。

地図を見るとカディスは南スペインではないか。シロスは北。彼女はコルドバから出発している。長い旅を夢のお告げのままに旅した。

 

 その前にビクトリアの手紙を訳していたが自分の仕える皇太后マリアを讃えるのに、その血筋と王族との血縁関係を列挙する。つまり世俗権力を。そしてまた宗教的側面も。先日見た映画「プラド美術館」でも言われていた。スペイン王たちの世俗権力とカトリシズムの両方に対するあくなき執着はビクトリアにもみられるのではないか。ビクトリア自身はアビラという大きくはない町の織物商人の息子(しかも末のほう)なので一般庶民である。晩年はロイヤル・コンベントで王族と同じ屋根の下で家族のように暮らす。そのギャップがあの大げさなハプスブルク家賛歌につながるのだろうか。しかし10代のころ、つまり少年聖歌隊員のころにフェリペ2世から奨学金でローマ留学を約束されていたのだから特別な才能と美声で目立っていたのだ。

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September 24, 2020

涼しくなった

きょうは台風ということで覚悟して、軽登山靴(防水)と登山用の古い雨具(街用に格下げした)で出勤したが穏やかだった。しかし急に涼しくなるととまどう。もう少し残暑がほしい。

職場でいろんな人と話す。頭がきちんと整理された人とお話しすると非常に気分がいい。私も真実の気持ちというか考えを述べることができる。

出かけるとき、阿部仲麻呂師の「使徒信条を詠む」を持ち歩いている。分厚いが、負担でなく(内容が)、退屈せず読める楽しい本である。神学関係のものは途中で負けてしまうけれど、この本は友達付き合いみたいに読める。阿部師からはいろいろなことを学んだ。速攻で役にたつこともたくさん。そして彼の講座のホストまで勤めている。

 理不尽なことに対してなすすべもなく無力だ。とりあえずこれだけ書いて夕飯の支度をすることに。

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忙しいが幸福

なんだか時が矢のように過ぎ去り、忙しいったら。時間に拘束される仕事以外に自分から立ち上げている仕事の雑用と準備に追われ、また家事という仕事もあり、勉強の時間が切れ切れになり、カンティガなんかもうどうでもいいというか、自粛期間に頑張ったからもう今は後回しで、メールはどんどんくるけど、仕事以外のメールでも友人からの大事なものには丁寧に返信を速攻で返したり、また遊びの計画も忙しくフル回転。きょうは手紙(ハガキ)がたくさんきていた。やはりメールよりいい。親しい牧師さんからの手紙は達筆すぎて判読に時間がかかる。猫がお勝手口にきて、食べ物をねだり、、家内が、、、次の説教原稿が、、、ゆりちゃんの自由な生き方が、、、ときれぎれにしか読めない。あとK音大の友人から2通、H教会の先輩から1通。やはりメールと違って自筆の手紙っていいですね。私もきょう2通書きました。親戚の子と中音の友人に。

 しかし私は仕事が好きなので、自分の能力を活かす仕事も、能力はない家事も好きなので幸福感がある。台所に立つのが苦痛でなくなる日がくるなんて若いころは思わなかった。苦役が甘美に・・・。冷蔵庫を開け、食材を触り、献立を考えるときの幸せ。それは食べるものの健やかさにつながり、御国を想う時でもある。

叔父叔母の恩師であった浅野順一先生の「ヨブ記注解」「ヨブ記」を久しぶりにひもとく。きれぎれの時間に。じっくり読書する時間が欲しい。

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September 21, 2020

講座

8月末から毎週、講座をしていることになる。ズームにこんなにお世話になるとは? 自分の声を残しておけるのもいい。

娘と話したのだがドイツはオーケストラのメンバーの距離を厳しく取りながら(打楽器など客席を使う場合もあるそうだ)続けているのだそうだ。停止してしまうと、(オーケストラなんてなくてもいいじゃない?)という感じに慣れてしまうのがよくないのでとにかく続けるのだそうだ。

 合唱にはいまだ厳しい世の中だけれど、再開したグループもあり、私が関係しているところも細々と。でも細々でもまったくやっていないよりずっといい。やはり私はオンラインで合唱というのはする気になれず、時を待ちたい。いつか皆が揃うまで。この経験をプラスに変えたい。

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September 19, 2020

忙しかった

昨晩よく眠れず、というか夜明け前に起きてしまい、その後眠れず寝不足。でも寝る前に焼酎を一口と思って口にぐい飲み(アッシジ焼き)を持って行ったところまでは覚えているが飲んだことは覚えてなくて、朝、床にぐい飲みがころがっていたのでそのまま寝落ちしたらしい。

 朝はラウデージの少人数リハーサルだったが、消毒とか事前にするために早く家を出る。そしてラウデージでかなり疲れたが(マスクのせいで)、そのあと消耗したまま講座に突入。でもやっているうちに元気になる。疲れはしたが終わった後、皆さんを帰して消毒をもう一度して退出し、アイスコーヒーを飲んですっかりリフレッシュ。アイスコーヒー、おいしい。けっこう元気になって帰宅し、いろいろなトラブル片付けながら洗濯し、ピアノも少し弾き、パスタを作り、副菜少し作ってノンアルコールビールとともに食べ、夜のズーム講座の準備。「こないだは疲れて寝ちゃったけれど今度は絶対に参加する」と言っていた人が来なかったので若干心配。急に、きょう手術中、という人も。

 終わったらポルトガルワインとイチジクをご褒美に食べることになっている。イチジクは私にとって特別な食べ物。私、というか私の家族(実家のほう)にとって。私は祖父がみずから建てた家(大工でもないのに建てたそうなのです。祖父は牧師にして大学の先生。そういう人がなぜ家を建てられるのか不思議だけど手作りの家なんです)で生まれたのだがそこには大きなイチヂクの木があって、皆、イチジクをふんだんに食べたそうです。私は記憶にないけれど。それでイチジクは買うものではない、と母などは言っていたけれど、私はイチジクを見るとどうしても買いたくなる。以前、リコーダー奏者のO先生を中心とする集まりでイチジクパーティーをするから来いといわれたときはほんと嬉しかった。

その祖父が建てた家はもうとっくにないのだけれど昨年末、実家の一族郎党、母教会に集まった。母教会で実家のための礼拝をしていただいてそのあと皆で、実家のあったところに行って皆で茫然と跡地に立った。親戚中が集まる場所だったので。きょうの講座で教会というのは目に見える教会と見えない教会(天上の教会)があるという話をしたのだが、従姉妹が「私たち死んだらまた皆で天国で集会しましょう」と言ってきた。そのくらい地上での(つまり実家での)集会が私たちには忘れがたい思い出なのだ。

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September 18, 2020

飲みもの

疲れた一日の終わりにポルトガルワインを(赤なのに)冷やして飲んでいる。バルカトリーナ、おいしい。幸せ。そして明日は起きるとおいしいアイスコーヒーが冷えているのよ~。アイスコーヒ―大好き。一昨日の夜中、目が覚めてしまって、薬を飲むには時間的にまずいし(変な時間に睡眠薬飲むと朝起きれない)、誕生日にいただいたカルヴァドスを飲んでみた。ベッドのなかで。なんという豊かな味わい、おいしい酒なの!あまりの幸福感に穏やかな眠りにつきました。

 音楽界も急に活発に動き始め、合唱活動再開する人たちが浮き立っています。カトリック教会も制限を少し緩めました。

私は甘くみていた。3月末に中学の同級生たちと新宿で飲み、「あ、もう大丈夫そうじゃない?」とか「じき終わるよ」と思っていたらまさかの都市封鎖。予約していた友人のコンサートはすべて中止。でも自粛生活は辛くはなかった。この時期頑張れば、という想いで毎日厳しく自粛生活をし、家の中でも丁寧に過ごし、運動不足にならないようにジョギングに励み、玉川上水ヘリを強歩で歩いて吉祥寺教会に日参し、誰もいない聖堂でマリアと語り合ったり、原稿頑張ったりそれなりに充実していた。遅くとも5月末には通常に戻るだろうと。そしたら「8月までかかる」という言葉にカッとなり、立教大学から「半年かかる」と言われて「え?何言ってんの?」と思い、母校のM音大が11月のコンサートを中止にし始めたと聞いて、嘘、嘘!と思い、「このままじゃ終わらないよ、第二波、第三波が来るわよ」という言葉に「縁起でもない、来るわけないじゃん」と思っていた私が本当に浅はかでした。もう、今は何を聞いても動じないが、これをお読みになった方は馬鹿女と思われるでしょう。確かに馬鹿でした。でも私はパニックになったことはない。一日一日を丁寧に、周囲の人々と助け合いながら、生きることを楽しみながら仕事は怠りなく生きていくのみ。出来る限り誠実に。きょうが明日に続き、また続く。こんな生活のなかにも楽しみはあり、私はコロナ太りとは無縁だ。ヨガをし、友人に手紙を書き、翻訳をし、出勤する日はG家の人たちとたくさんおしゃべりできる。友人付き合いは限られてくるけれどディスタンスを取りながら接する友人知人が限りなく愛おしく思えたり。

ラウデージのメンバーから「冷たいワインでも飲みながらリラックスしたいですね」とお手紙いただいたが、ほんと、皆さんと飲みながら楽しく、短い時間でもいいから楽しく過ごしたい。人と接したい。しかし、こうやって自粛しているが年内に多くの飲食店がつぶれるという。それを防ぐためにも外食も必要ではない? 私は人を誘って外食はしないが一人ではする。映画もPCやビデオではなく映画館で。映画館をつぶしてはならない。神様、どうしたらいいのでしょう。どうやって生きていけば。

 

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