February 27, 2020

継承について

先日、某修道院でシスターが「グレゴリオ聖歌というのは典礼の中ででなければ生きないし、典礼を通してでないと継承できないのよ」と強く主張された。ほかのシスタ―方もおおむね、「うん、うん、そうそう」という賛同。確かに正しい意見だが、でも教会がそれを捨てている現在そんなこと言っていられないのではないでしょうか?と私は反論した。キリスト教以外の人の力も借りないと継承はできない。本当に継承ということをしたいならばカトリック教会の力はあまりに弱いし、教会の中にグレゴリオ聖歌の指導者はほとんどいないと言っていいでしょう。教会と無関係の人たちがグレゴリオ聖歌を一生懸命学ぼうとし、コンサートでグレゴリオ聖歌が演奏される昨今、そういうことを通じてまた教会に遡及していくことを期待したい。信仰や典礼と無関係にグレゴリオ聖歌をやることにはすごく危険があり、怪しいこともあるけれど、「教会音楽というのは信者が独り占めするものではないでしょう? すべての人の豊かさのためにすべての人に開かれているものでしょう? キリスト教文化ってそういうものではないのですか?」と反論した。どなたも賛同はなさらなかったけれど。

きょうは久しぶりにスペイン風オムレツをつくった。ブルガリアワインと共に。

ウイルスのためにイベント中止などでがっかりなさっている方々、本当に気の毒だ。3.11のときも卒業式、入学式がずいぶん中止になった。私はイベントとは関係ないので影響はあまり受けていないが(教父学の講義が中止になったのはがっくりだが)、3.11に時と同様、なるべく通常にできることは普通にして過剰反応せず、予防は万全にしながら静かに通過したい(そうできるものならば)。私は日曜日は教会が第一優先なので山に行きたくても、登山ツァーにどんなにいいのがあっても我慢してきた。でも大司教様がミサにいく義務を解くと言ってくださったので山に行くという選択肢が、、、などと突然不純なことを考えた。いや、不純だろうか?山に行きたいのは私の自然本性であり、山ではたくさん祈れるのだから。

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February 26, 2020

日誌

カンティガについて日本語で読める素晴らしい本を今日、買えた。よかったー。音楽、美術、文学,神学面から多方面からの考察。カトリック神学からみたカンティガという章もあり、アルフォンソ10世の生涯についてもある。カンティガについては音楽面からの良書が皆無。演奏に関しては偏った方向性になりがちで多面的な知的なアプローチが少ない。長崎の浅野先生が唯一、文化史や美術史からカンティガの論文を書いていらっしゃるが。

先週の土曜日は武蔵野二中の同窓会だった。中止という選択肢はなかったという。アルコール消毒しようぜ、みたいな皆さん元気いっぱい。ああいう席に出席する人はみな元気ですね。女子はいったんマイクを持つと芸能人のようなノリで話しまくる人が多くて圧倒されました。ああいう場は苦手なのだが懐かしくなくもなかった。「あの踏切わたってまっすぐ行くと伊藤さんちがあって、左に行くと伊藤君ちがあったよね」。久しぶりに伊藤さん、伊藤さんと言われた。男子はまったく変わらない人とすっかり変わった人と面影はうっすらあるが、、、という人に分かれる。人間はあまり変わっていない気がする。みな、中学のときのまんま(のはずはないけど)、素朴なまんま。体育の先生と音楽の先生(両方女性)だけがいらしていて、ほかの教科の先生方はもう亡くなっておられ、体育、音楽の両先生は老けないので私たちが限りなく近づいていっている感じだった。

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February 25, 2020

海辺の日誌

朝、五時半に目覚ましかけて起きて、すぐにジョギングにいける格好で寝たので起きてすぐに出る。歯磨きしてコーヒーだけ飲んで。気持ちよかった。緩やかなジョギングじゃなくて朝っぱらから全力疾走したりしたのでちょっとそのあと体調が変だったけど・・・。海の音がすぐ近くにゴゴーっと聞こえる。今度は夜明け前に起きて砂浜でご来光を見てそのまま砂浜を走ろうと思った。そしたらチャプレンの神父様は毎朝そうやって砂浜でご来光を仰いでおられるそうで。砂浜で鉢合わせになるのも気まずいかな。

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聖務日課の祈りとミサと、典礼の合間を縫って運動し、レッスンし、講義する。ミサはシスタ―達の歌がすごくきれいだし司祭の説教は短いが引き締まってとてもよいので、私には大きな恵の時だ。

おなか一杯お食事食べて食休みしないと動けないので、食後は阿部神父さんがエディットシュタインについて書いたものを読んで、大変に感銘を受けた。今回の修道院滞在で、アンブロシウス聖歌についてレクチャーをしたのだが、阿部神父様の講義ノートはすごく役にたっている。

久々に雑草を摘む。これで押し花シールをつくる。修道院の庭には川津桜が咲き、美しかった。十字架賞賛とか、受難節に歌うグレゴリオ聖歌のレッスンをしたのでぐったり疲れた。真剣に何度も歌ったのでそのたびに体の芯底使い果たすような消耗感がある。何となくは歌えない。練習だけれど一回一回本気。皆さんがこの四旬節によく歌えますように。

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February 24, 2020

外出中

ガラホで記事アップ出来るか試し中。今、仕事で海辺に来ている。砂浜をジョギングした。道を歩いても歩いてもコンビニがない。何も店というものがないのでビール諦めた。

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February 23, 2020

聖公会にも行く

きょうはミサのあと全生園に行く。ちょうど西武線沿線だし。

J会のほうでは大司教様からあらたな文書が来て、奉納はやめるように、そして開かれているミサを停止することも検討するように、ということをアナウンスされた。開かれたミサというのは私が行っているJ会のように修道院であっても一般信者も自由に入れるミサをクローズにするということかと思う。口からの拝領はすでに禁止になっている。大司教様は大会社の社長のような立場と感覚で慎重すぎるほど慎重にするくらいがいいかもしれない。

全生園は身体的なこともあり、全員が口からの拝領である。入居者の方も外からくる信者さんも。そしてきょうももちろん口からの拝領させていただいた。平和のあいさつはカトリックは「主の平和」といってお辞儀するくらいだけれど聖公会では全員と握手する。平和のあいさつの時が来て、きょうは信者さんも少なかったのだけれど、司祭様が、「ええと、こういうご時世ですから、あのー」といいかけられたが皆さんいつものように全員と握手し始められたので私も加わりホ~っとした。予防に慎重になるのはいいのだけど握手もやめよう、とまではしなくていい、少なくとも全生園のような施設では健康守られているから。司祭様もすぐみなの中に入ってきて全員と握手されていた。

資料館に行きたかったので道を聞くと車で送ってくださるという方がいて、同じ敷地内なのに車で外の道路をグルーっとまわって連れて行ってくださった。立派な資料館だった。そこを出て今度は園内の地図を見ながら入居者の方々でやっていらっしゃる食堂に行った。「和み」といって釜飯が名物みたい。もちろんお汁粉のようなあんこものも。ホタテの釜飯定食にした。「全部食べ切れなかったらおにぎりにしてラップに包んであげるから」と言われたのだがペロリですよ。奥の厨房で「あの人全部食べ切った」と噂されているのが聞こえた。

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全生園の聖堂の聖フランシスコ

P1060448 ほんとうに美しいマリア様。私たちをコロナウイルスからお守りください。

P1060449 春の花の下で入居者の方がくつろいでいらした。

 

 

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February 21, 2020

日誌

G家では教会音楽に関していろいろなレファレンスを受けるが、昨日、ダンスタブルのマニフィカトのマニュスクリプトを見たい、という生徒さんがいて、しかも小グループで教会で歌うという。教会の人からこんな質問が来る時代になったのだな、と思った。すぐにMBの全集だしてあげてクリティカルノートを見るとヴァチカンの図書館にあることになっている。写本番号がわかったので私専用のパソコンで検索をかけて、オリジナルにたどりつく。なぜルネサンスの初期の初期のイギリス人の作品に取り組むのかは知らないがこういうのいいですね。日本の教会でこういう試みがふえるといいな。教会の礼拝はコンサートではない、とかつまらないことを聖職者が言って、意欲がつぶされませんように。今の日本の現行の聖歌ではないものが礼拝堂に響くだけでも礼拝の雰囲気は高まるでしょう。大きな教会で響きいいみたいだし。私の親戚も一家そろってここの教会員なのだな。叔母はもうほとんど出席してないそうだが。

「詩と音楽の時」今年内にしようと考え、20代で夭折した3人の詩人をとりあげることを考えた。夭折といっても一人は自殺、一人は劇症肝炎で病死、一人は獄死(ほとんど他殺といってよい)。「星になった詩人たち」とでも題そうかと考えたが、やはり3人は無理だ。一人一人が重すぎる。では昨年、女性の詩人を3人とりあげたがあれらは軽かったのか? そうではない。彼女たちはほとんど抽象だからできた。3種類の抽象概念を並べた。しかし戦争と敗戦をまたいだ、日本の暗い闇の時代に生き死にした若い3人の男性は同一平面にポワンと浮かべられない。では昨年の女性3人はポワンと浮かべたのか?と言われればそうだ。言語で装備した抽象概念とは距離を置くことができた。私は彼女たちを興味深いとは思ったが何の思い入れもなかった。今、考えた若い3人の男性は一人一人と対峙するたびに私もハァ、ハァと呼吸が苦しくなる。3種類のハァ、ハァはできない。

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シロスが出てくるカンティガ

昨日訳したカンティガはシロスに巡礼にいった一人の信心深い騎士の話しだった。シロスの近くのペニャコバというところにさしかかったとき、彼の命を狙う別の騎士の軍団が「殺してやる」といって彼に追い付いてきた。ペニャコバには隠遁所(庵?)があり聖母が奉られている。そしてイスラム人との闘いで命を落とした勇者たちがここに埋葬されている。彼はその隠遁所に逃げ込み、「私の罪があまりにも多くて私を守ってくだっさらないのでしょうか?」と嘆く。騎士たちが隠遁所に追い付いてきたとき、彼が逃げ込んだ礼拝堂の前に大きな軍隊がたちはだかっている。武装した軍隊だ。田舎の静かな隠遁所に突然に出現した軍隊は、この世からきたものではないと悟り、退却した、という話。そこに埋葬されていた軍人の霊がマリアにうながされて立ち上がったということか。カンティガのなかに、ときどき「静かにしてくれるならもう少し話そう」とか「聞きたいと望むなら話してもいいが」という語り口がある。常に話し言葉というか。

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February 20, 2020

本とか

図書館で2冊、リクエストしたのを借りてくる。金時鐘の「わが生と詩」。全部は読まない。「日本語の未来、詩の未来」と「現代と詩」の章だけ。もう1冊は尹東柱全詩集。私は岩波のを買ったが伊吹郷の訳がいいと、先日の立教大学で盛んに言われていたので。

事情があって、きょうクリスマスプレゼントをいただきました。日付が2019年12月13日になっている。天使のイコンとかスワロフスキ―とか、嬉しいのはまくらめで編んだピンクのポシェット。お母さまの制作だそうだけれど。裏と表と違う模様が。

そういえばきょうは夕飯一人だった。そういうときにしか食べれないものを作ろうとわくわくする。青菜のポタージュ、サツマイモのサラダなどなど。小松菜で鮭をぴったり包んでバターで蒸す、とか。ピアノ終わったら夕飯作るのが楽しみです。そのあとリビングでビデオでもみて待ったり、ということも考えられるがやはり原稿の続きを書くことと講座、コンサートの準備に勤勉に過ごすことに決める。

 

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February 19, 2020

メモ

フィリッポ・ネリを研究した紀要論文を読んでいると、彼はラウダを好み典礼にラウダをたくさん歌ったという。そしてラウダの作曲をパレストリーナ、ソート、アネリオ、ビクトリアに依頼していたという。ビクトリア以外はラウダの楽譜が残っているからわかるのだが、ビクトリアもネリと一緒に住み、オラトリオ会のメンバーだったのでラウダをイタリア語で作曲した可能性はじゅうぶんあるのだが、作品として残っていない。無名者として書いたのか。自分の作品を系統だって出版したり整えたりすることにマメだったビクトリアは少なくともラウダは出版しようという意思がなかったのだろう。ドミニコ会で教育を受け、ドミニコ会の聖歌隊員として少年のころからラウダの指導を受けていたネリがそういうのを好むのはわかる。でもスペイン人のビクトリアには違和感あったのかもしれない。ビリャンシーコならともかく。

 ネリのオラトリオ会は修道請願もたてず、会則もなく私有財産禁止の規定もなく好きにお金を持て、共同体内での聖務の縛りもなく時間制約もなく自由な時間割にそってそれぞれが使徒的活動をし、制度化を極端に嫌い、上長への従順とか服従は法的条文として命じられるものではなく霊的指導の結果生ずるもの、として自由に、自由に暮らしたという。ビクトリアもフリーの司祭として大変居心地がよかっただろう。

マスクがどこも売り切れで大変らしい。私は自分が風邪ひいたときにしかマスクをしないので、予防でマスクをしたことがない。でも最近は世間並みに満員電車のときだけマスクしている。マスクをするといろいろな五感が鈍くなる、脳の働きも悪くなるという感じがする。私は布のマスクを持っていて洗って何度でも使う。使い捨てマスクなんてとんでもない。ガーゼが家にたくさんあるので、それをマスクサイズに切ってこれからはガーゼを取り換えながらマスク生活。使い捨ての薄いマスクも少しあるのだが、何か守られている気がしない。鬱陶しいものだなあ。でもとりあえず3月7日の特別講義はぜひ元気で遂行したいので、風邪もインフルエンザも肺炎も嫌だ。

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February 18, 2020

ビュノワ

どんな一日を過ごしても、火曜日の夜は中音があり、中音で歌えるということは幸せな支えである。皆川先生に感謝。毎週こういう音楽を歌い、みなで作り上げていけるということは。目を閉じて他のパートの人の声を聴きながら自分の声を合わせていくってなんて心地よいのだろう。

教会にいくと、周りに絶対に合わせようとしないで無理やり自分の声だけを響かせようと割り込んでくる人がどの宗派にもいて、嫌だな、と思うのだがなんだか最近は気の毒になる。合わせる楽しさを知らず、自己顕示のゆがんだ楽しみに浸り、周りをへきえきさせていることに気づかない。私は中音で合唱仲間と歌うほうがよほど信仰の歌を歌っている気持になりますよ。

きょうは帰宅したらカタロニアの安いワインを飲みながらリビングでくつろぐことにしていて、おつまみをささっと造って、ワインを注いでどうでもよいテレビなどを2~30分ほど見てしまった。こういうふうに、夜リビングでくつろぐということが普段はめったにないので、少しの時間が楽しかった。さて、熱い風呂に入ってフランシス・ジャムの散文詩を読みながら寝る。

「福音宣教」誌の3月号が出た。自分の記事を読むのは何か勇気がいる。始まるとあっという間だ。昨年のうちに書き溜めたがどんどん追いついてきちゃう。5月に出るぶんをきょう提出した。

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フランシス・ジャムの詩集を堀口大学の訳で読む。昨日、下北沢の講座の帰りに吉祥寺の小さい隠れ家的なコーヒー屋さんのカウンター席で。ジャムは「私を慰めてくれるな」という詩を中学生のときに読んで以来だと思う。トゥルネー出身なのだな。Cantique de Louerdesという長い連詩がある。映画「ベルナデッタ」の風景そのもののような部分もあり、カトリックのこの伝承がこんな詩になるとは・・・?歌われるために書いたのだろうか? 原詩は見ていないがたぶん韻を踏んでいる。きょうから三好達治の訳で散文詩を読む。尹東柱への影響を探りながら。

毎晩、就寝時間は遅いが昨晩も遅く寝たがよく寝れた。酒にも睡眠薬にも頼らず。枕元にそれらを置いているが手を伸ばすこともなく、消灯とともに眠って、夜中に一度も起きずに朝まで寝た。

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February 16, 2020

尹東柱の命日

立教大学に一時在籍していた韓国の詩人、ユンドンジュの命日ということで立教で追悼礼拝が行われた。前半は礼拝と彼の詩の朗読。日本語と韓国語と両方で。チャプレンの説教というか詩論というか、お話も礼拝もすばらしく感動的で、彼の遺影が大きく花とともに飾られ、彼の存在を知ったばかりの私も感動で胸がいっぱいだった。後半は講演だったので何か文学論とかそういうものが聞けると思っていたがそうではなく私には時間の無駄でしかないものだった。講演者はお二人とも自慢話だけ。彼をネタに自分をアピールしているだけなので、無視して尹の解説書とか詩などを読んでしのいだ。

彼の若い時の詩に「空想」というタイトルの詩があり、私が読んでいる詩論では解説者が解釈に悩んでいる。しかし私は最初の何行かを読んですぐにこれはキリスト教の思想を述べているとわかった。彼は一族をあげて韓国のキリスト教徒であり常に聖書を(英語で)読んでいる。キリスト教的な言葉を一言も使っていないがまさにキリストの思想だ。きょうも礼拝のなかでフランシスコ作(ということになっている)「平和の祈り」が唱えられた。彼にはまことにふさわしい祈りだ。

チャプレンは詩のなかの「春」という言葉について解説された。不当な迫害と拷問と獄死という悲しみの向こうにも春がシンボルする復活の希望があるような、そのような話しだった。

あさっては芸大の音楽科で長い時間にわたって尹さんの関係の映画とか聖公会司祭による講演とか催しがあるのだ。これも誘われたがちょっと無理かもしれない。でも私はこれからしばらくの間、尹さんと共に歩んでいくつもりだ。

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