July 09, 2020

武蔵野日誌24

昨晩遅く、教文館の編集部にメールした。そうしたらすぐに返信があった。こんな時間まで働いておられるのか。コロナで休業していた時期があったので、締め切りも延びるかな、などと甘い考えを抱いた自分が恥ずかしい。

カンティガを訳していて,司祭でトルバドゥールという人も結構いたのだと知る。物まねばっかりしているトルバドゥールとか。

トマス・アクイナスの聖務日課に関する研究書が届いているのだけれど、読みやすい英語だ。誰かと共同で勉強したいな。楽譜も全部ついている。典礼的分析のところを訳してここにアップしていこうかとも思うし。Conclusionがすごく短いので結論から訳そうかな。ドミニコ会の典礼についての詳しい研究書でもあるので間接的に大変勉強になると思うのだ。

「その声は長い旅をした」は青少年向けというか小学生でも読める読み物なのだが、大変面白い。だって中音のレパートリーであるジョスカンのミル・ルグレという曲を軸に話が展開し、O gloriosaもサカラメンタ提要も登場するし、ジャヌカンの鳥の歌の出だしで、この小説は始まる。そのすべてを知っている中世音楽合唱団メンバーとしては稀有な小説に出会った感がある。無論、皆川先生の研究をもとにした小説である。フロイスとかヴァリニャーノとかペレイラとかグレゴリウス13世とか出てくるんですよ。

ミュンヘン防衛大学流体力学研究所の「パンデミックのなかの音楽演奏、合唱、吹奏楽の感染リスクについて」という実験があることは娘から聞いて知っていたがその日本語訳をゲットできた(ほかの皆さんはとっくにしてたりして)。コロナまっただなかにドイツのシュトットガルトの音大に赴任したG家の友、A君のフェイスブックのおかげだ。

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武蔵野日誌23

九州の被害に心が痛む。もうこれ以上日本を痛めつけないでください。熊本の友人たちから連絡こないので気がきではないけれどお祈りするしかない。

 吉祥寺教会から19日の10時にミサにきてもよいとメールが来た。そのあとは2週間後にしてくれ、とのこと。最初は1回ミサにきたら一か月あけてほしいということだったが少し間隔が縮まった。武蔵野市の幼稚園で感染でちゃいましたねー、と職場の人に言われて調べたら良く知っているキリスト教の幼稚園で親戚の子たちも通っていたところだった。武蔵野市長から、幼稚園の感染者、ならびに幼稚園を差別しないようにという声明が出ていた。

心が荒まないように少しでも何かよいもの、よいことに目を向けていかないと。

きょうは親戚の人ちと我が家でお寿司を食べるという楽しいイベントがあり、アルコール抜きで、ノンアルコールビールでわいわいと。しかしショックなことを聞いた。吉祥寺のステーキの老舗「葡萄屋」がコロナに負けて閉店。私は一度も行ったことがない。ステーキに興味ないし高いし。しかし私の父親、ステーキ好きの父がこよなく愛した店なので今年の父の命日に兄を誘って行こうと決めていた。ディナーは高いからランチで。そして、その下にあるカフェ・ブドワールは高くもなく落ち着いたアンティークカフェ(家具その他がアンテイーク)なのでそこもステーキのあと行きたかった。HP見て楽しみにしていたのに。うわ~~ん!😠 悔しい。父の愛した葡萄屋がどんなだったか見たかった。母が泊りがけで家を空けるとき父は一人になる。そういうときに一人で葡萄屋に行っていたらしい。母が「お父さんて私がいない間にこういうことするのよ」とあきれ顔で私に言っていた。質実剛健な我が家ではステーキなど1年に一度ということになっていたので。もういい、父の命日には私がステーキ焼く。

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July 07, 2020

片岡先生の「浦上四番崩れ」を読み終える。浦上の生き残りの人たちから直接話を聞いているからすごい迫力のある読み物である。釈放記念碑の写真が心を打つのだが、浦上天主堂にあることになっている。今でもあるのかな? 原爆でなくなったか? あるならまた長崎に行きたい。新しくできたキリシタン資料館にももう一度行きたい。持ち歩きができない大きな分厚い「キリシタン殉教史」はこれから家で読む。駅前の図書館がやっと開いたので3冊借りる。「世界ノンフィクション全集39」(浦上切支丹 旅の話、が入っている)、中澤晶子「その声は長い旅をした」-前から読みたかったんだ。「中世思想原典集成・後期ギリシャ教父」-これは阿部師の講義の復習のために。

 明日はお客さんくるけど私が料理する暇がないのでお寿司をとることにした。嬉しいな!!寿司食べたかったんだ。ずーっと思い描いていた。自分が寿司を食べる日を。

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July 06, 2020

武蔵野日誌22

都心に出かけないので交通費が浮き、コンサートも全くいかないのでコンサート代も浮いているはずでそのぶんカンパなどに回せるのですが、私の身近で、いずれ私にもよい循環になって回ってくると思われる支援に気づいた。ゴールデンウイークを前に完全閉鎖した山小屋が徐々に再開するとはいえ収容人数を大幅に減らすので経済的には痛手、かといって廃業するわけにいかないということで山小屋がオリジナルグッズのオンラインショップを始めている。山小屋オリジナルグッズってすごくいいですよ。Tシャツなんかはぜったに小屋で買う。登山用品店などで買うと馬鹿高くて。あとオリジナル手ぬぐいとかバンダナとかよく買います。パソコンのカバーには丹沢尊仏山荘のオリジナルバンダナ。ミキサーには八ヶ岳縞枯山荘のバンダナというふうに。きょう、奥多摩の七つ石小屋の絵葉書を買った。昨年はこの山を通りかかり、小屋の人とおしゃべりして、絵葉書を少し買ったのだがとても気に入っている。山の好きな方々、今登りに行けなくてもオンラインショップで支援しましょう。

稜線上にある人気の山小屋は密々です。一つの布団に2人で寝るというのは当たり前で1つの布団に3人ということもある。男女おかまいなしです。両隣男、ってこともあるけれどお互いどうでもいい。仰向けに寝てはいけない。肩身で寝る。でも自分の顔の前に他人の顔があるのではない。足があるのだ。そのほうが効率よく詰められるでしょ。オイルサーディン式という寝方。ちょっと遅く到着したりすると自分のポジションが埋まっていて、すみません、私ここのはずなんで、と言ってギュギュギュっと入り込んでいく。今年はそれが完璧に緩和されるわけだ。山小屋にも消毒液とか置かれるのだろう。除菌のしすぎは危険である。自然界にはいろんな菌がいて、いい菌もいる。それを全部殺してはバランス崩れ、無菌の世界に私たちが慣れてしまったらどうなるのだ? 公共施設の異様なまでの除菌の強要。山では食事の前だってトイレのあとだって決して手は洗わない。落ちたものだって食べるし。水は使えないから除菌液で消毒させられるのかな。コロナ後、人間の免疫力がダーっと落ちて、ちょっとしたことですぐ風邪ひいたり、お腹壊したりする人が増えるのかも。

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July 05, 2020

携帯

携帯を持つようになって初めて、落として帰った。ま、G家で落としたこと間違いないし、あまり携帯に依存していないので焦らないのだが、2人の従姉妹に携帯からメールしてG家を退出し、帰り道に返信来てるかなとカバンをみたら携帯がないことに気づいた。同僚に電話して確保してもらい、翌日無事に自分の携帯とまみえた。「ごめんねー、置き去りにしちゃって、、」と言いながら携帯に手を伸ばすと、ブブー、と着信音が鳴ったのでいいタイミング、ちょうどメール来たわ、と思ってみると、「ゆりさん、真夜中にごめんなさい」という書き出しで従姉妹からの返信。時間は前晩の夜中。そのときは着信せず、私が来たとたんに着信するって・・・?? SMSだから送信と同時に鳴るのに。夜中に鳴っても虚しいから私の到着を待っていたということ? それで私はそれに対してまた返信した。そしたらすぐにまた従姉妹から返信きた。真夜中、G家でおとなしくしてくれていた私の愛しい携帯。

従姉妹2人が武蔵境に用事で来ることになって、私の家の前を通るというので、「だったら早めの夕飯一緒に食べていって」という内容。嬉しいな。久しぶりのお客さん。親戚だし、同じ武蔵野市だから許されるでしょう。

ブラームスの晩年の作品を練習する。なんか、自分の長所(弱音の音の美しさとか)がなくなってダメな部分はどんどんだめで、よくなっているのは曲の把握力と暗譜だけ。バッハも下手になったような気がする。悲しい。

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July 04, 2020

ズーム

熊本の友人夫婦が心配でメールした。古民家を改造してすんでいるし、心配。

きょう、時間をとってズームで一人ミーティング。自分のレクチャーを録画して、録画の機能を試しそれを保存するところまでできたが、それをyou-tubeにアップするところまでやろうとして、矢折れ、力尽きた。you-tubeのアカウントをとらないといけない、ということでとり、そしてgmailアドレスが必要ということで、Gmailアドレス取得(したつもり。ほんとにできてんの?)。有料のズームにグレードアップすればクラウド上に保存するとかもっと簡単にいろいろできそうなのだが、私はコロナ期間限定でズームを使うので無料でやり過ごそう、この先も使うつもりはない、ズームのない日々よ、来たれ、と思っていたのだがやはり有料にすべきか、、と思案していたらG家の同僚N先生が「そんな必要ないですよ」と言ってくださり、無料ズームの使い方を教えてくださるとのことで有料は踏みとどまった。この時点で息も絶え絶え。会社とか学校ならともかく私は個人だし。

 自分の撮影をしたというのはあくまでも試しのためであって自分のyou-tubeをアップするようなことは決してありません。他人のためです。苦手だけれどある程度時間とって勉強しておかないと。しかし一人ミーティングを録画するというのも、自分の話し方などを客観的に見れるので反省材料にはなる。それなりに緊張感もあるので話す練習にはなる。もっと感じよく笑顔つくらなきゃ、とか。

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July 03, 2020

武蔵野日誌21

片岡弥吉氏の「浦上四番崩れ」(筑摩書房)を読んでいる。寝る前のベッドの中の読書は漫画から変わって「和解」という雑誌を読んでいる。これはいつも某修道院からいただいてくるもので、修道院もかかわっている受刑者を支援する会が出している会報だ。そんな機会でもなければ手にすることのなかった雑誌で、かなり重い刑の人(重罪の人)の手記で占められている。カトリックの支援団体が出しているので受刑者もほとんどがクリスチャンと見受けられる。だから信仰の部分も語られているが、ものすごく重い。文章を書く機会などほとんどなかった人たちが多い。ろくに学校を行っていなかった人が若い時に法を犯して刑務所に何十年といるなかで書いているケースが多い。そういう人たちの命の声だ。私も7年間くらい、ある受刑者を支援していた。その人のご家族や自分の家族のこともあって誰にも話していなかったが、もう彼は出所したので。その人もカトリック信者で、彼の洗礼式のときに石神井のイエズス会聖堂(黙想の家)でミサのオルガンを私が弾いたのが縁で淡い顔見知りだったが思いがけず長くかかわることになった。彼の場合犯罪といってもものすごく小さな罪で、誰も傷つけていないのに。なのにこんなに長く受刑するのか、、と理不尽を感じていた。今どうされているかは知らないが、こういう非常時、弱い立場の人はますます痛めつけられるのではないだろうか。昨日、今日の感染者の多さは心が折れますね。こんなに頑張って自粛してきたのにまだ許されないのか、と希望が見えなくなる。

阿部師の「教父学」講義をyou-tubeで聞いて、最後の締めくくりにコロナのことも語っておられた。どうすればいいのかわからないこの状況で「身近にいる人を喜ばせながら、現代の教父になる覚悟で」というようなことをおっしゃっていた。今広く飛び回る大きな活動はできないので身近にいる人を喜ばせるということが今できる最大限の善い事、という素朴な一言が心にしみた。ラテン教父の後半の時代のセビリアの聖イシドルスなどを引用しながら。私も雑誌の連載の今年最後の号にはコロナのことを書いたけれど、どう書いても書いたことに自信が持てない。音楽記事なので結び付け方が難しいのだ。

 日常を丁寧に誠実に、一日一日を過ごしていくしかない。愛する者に会えない苦悩を傍らに時が過ぎるのを待つしかない。

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July 02, 2020

聖公会の賛美歌

昨日書いた、聖歌とグレゴリオ聖歌のアイデンティファイの問題は、私がこれだけ時間をかけても解決しないということは、そして修道院の聖務の歌を整えて編纂した修道者はもはや認知症で何もわからないというのでお手上げかなと思っていたが、G家の友人で聖公会の人に相談したら一晩のうちに解決した。持つべきは賢い友。ありがとう! 私は英語関係の資料をほとんど持っていないので何の勘も働かなかったけれど。これで修道院からの問い合わせ事項はすべて解決。日本語の歌詞に基づいて適当にグレゴリアン風に作曲したんだろうという私の推理は間違えでちゃんとグレゴリオ聖歌でした。

 

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July 01, 2020

聖歌の起源調べ

某修道院は伝統的にグレゴリオ聖歌に日本語の歌詞をつけてたくさん歌っておられる。綺麗な日本語でそれはそれでいいと思うのだが、元のグレゴリオ聖歌を知りたいので元歌を調べてくれと頼まれた。こういうレファレンスはしょっちゅうなので割と早くつきとめられるのだが、どうしてもわからない旋律がある。元のラテン語を正確に訳しているとすれば枝の主日で歌う感じだ。ネットでその日本語のテキストを入力してみたらまったく同じ歌いだしの聖歌が聖公会の賛美歌にあることがわかり、現行の旧古今聖歌集を見た。そしたら某修道院の歌っている聖歌と1~4番までまったく同じ日本語。そして枝の主日の歌。しかし旋律が違う。聖公会の聖歌集には元の英語のタイトルや作者が出ていたので英国国教会の古い賛美歌集を見た。英語のインチピットで探して。すると日本の聖公会のと全然違う旋律ではないか。4声体になっていて、その旋律は私が子供のころから慣れ親しんだ頌栄ではないか。「みめぐみあふるる父子みたまの・・・」という。ええ?と思って日本キリスト教団の賛美歌注解を見ると、ドイツコラールに行きあたってしまう。EKGをみてコラールの元を調べようとしたが1641年より古い史料はない。グレゴリオ聖歌とは結び付かない。どうなっているのでしょうか? このように旋律とテキストがばらばらにあっちこっち分離伝承されて。これは聖公会の音楽の人に相談してみようと思うけれど。というか、修道院にどこから引き写したか記録とかあればいいのだけれど。

私の推理。ラテン語のグレゴリオ聖歌を前にしてそれに日本語をつけていったとは思えない。聖公会の格調高い日本語訳は1902年版から続いているものだ。それにあとからグレゴリオ風の旋律をつけたのでは? 聖公会の賛美歌注解も見た。どう考えてもテキストはイギリス起源で原詩は英語である。

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June 30, 2020

ミサ

仕事で某修道院に行ったので4か月ぶりにミサにあずかる。2月26日以来のご聖体。でも久しぶりの飢えた感じがしなかったのは何故だろう。カトリックに改宗してからほとんどミサを欠かすことがなかったのに。旅先でも必ずミサにはあずかっていたし。

 シスターたちは皆お元気で、私も一緒に元気になり楽しい時間を過ごした。小学校の先生になった気分だ。ノビシアが小学生のような笑顔で「レッスン、すっごい楽しみにしていました」と言われ、自粛期間の苦しみも半減した気分。修道院の宿泊棟が工事中なので近くのホテルに泊まった。海辺なのでお魚おいしくS温泉というのにはじめてはいり、部屋で普段みないテレビをまったりとみてしまい、観光気分である。高速バスは行きは私一人、帰りはおばあさんと私二人。

レッスンや聖務の合間にカフェでコーヒー飲みたいと思って探したが、まったくなく、ホテルと称する建物はいくつかあるので大きめのホテルに行って「コーヒー飲めますか?」と何軒かできいたのだが、ホテルといってもでていらしたオーナーは皆、漁師さん風。「え?コ、コーヒー? そんなものはないねえ」庭に船が置いてあったりほんとうに漁師さんだな。「そこに、煮干し屋さんがあって、その先にピーナツ屋さんがあって、その先のパン屋でコーヒーも出す」、という説明の通り煮干ししか売ってない店、ピーナツだけ売る店、あわびとホタテを食べる店、とか小売店が生きている海辺の村でした。そんななかの観想修道院でのグレゴリオ聖歌の指導。本当に楽しかった。

そしてまた本日は中音の練習再開。久しぶりにお仲間と会えた喜び。

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June 29, 2020

雨の主日

朝、9時の礼拝に近所の教団の教会に行き、すっかりこちらに馴染んでしまった感じでくつろぎ、お説教もすごくいいので満足してそしてそのあと一駅分歩いて隣町のカフェでモーニングを食べる、というのが日曜日の日課になってしまった。街ではないが田舎でもないゆるやかな場所にあり、子供のころから知っているテリトリーでもあり、ゆったりした店内に木製の大きな家具。おいしいコーヒーと野菜。武蔵野ならではのおいしさ。

しかしきょうはやるべきことが満載で忙しく午後が過ぎた。ズームのあとドイツとスカイプした。明日は始発の高速バスで移動する。仕事だけれど、海辺のホテルに泊まる。

山のことで一つ書いておきたい。備忘として。今回の縦走で最後に登ったF山という岩々の岩の山、山頂から少し下ったところに平になっているところがあり、大きな石碑がある。それはなんと第二次大戦で東京大空襲の日、東京めがけて飛び立ったB29のうちの3機が吹雪のため、プロペラが氷結して止まってしまいF山に墜落した。その墜落現場を私は通ったのだ。34人の若いアメリカ兵が死んだという。東北のまだ寒い3月、地元の村の人たちは敵国とはいえ、彼らの遺体をねんごろに弔ったという。たぶん仏教式に。その付近でエンジンがわりと最近みつかったそうだ。その現場に立った。34人のアメリカ兵を悼む碑だ。日本人を殺すための兵隊だったのに。アメリカ軍は日本に感謝し、戦後、その碑の除幕式に来日した。日本は国としてはその式典に関与していないようだが自衛隊のブラスバンドが小編成で何か演奏し、アメリカ軍も演奏し、日本とアメリカの国歌を演奏し、平和を祈ったという。その場に招待されたのは地元のお坊さんの装束の人たち。たぶんアメリカ兵を弔ったお寺の関係の人たちだろう。敵味方を超え、宗教の違い、民族の違いを超え、人間としてふるまったその東北の村人。その34人の一人一人のお墓のようなものが市内にあり、アメリカの国旗で飾られている。敵国のアメリカ兵が日本人を殺しにきたのに彼らの死を悼んでこうしてアメリカの国旗を名前を刻んだ石の上に掲げてあげている。何かもう泣きそうになった。今回の山旅の収穫。

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