June 26, 2017

昨晩、夜トイレにいくとき眩暈で倒れそうになった。ますい! と思い深呼吸してヨガの呼吸など。
今朝は眩暈と吐き気と熱のトリプレックス。楽しい予定は滅茶苦茶に、しかし夜のビクトリア講座だけは責任上、何食わぬ顔で成し遂げる。拙い話でしたが。早く寝る。(ノ_-。)

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June 25, 2017

エコ家事

眠くてだるい時は家事に体を動かそう。
手を洗う固形石鹸置きが汚れてきたので古布でゴシゴシ拭く。すると石鹸のカスがたくさん布につくので布が石鹸の泡だらけになったのでそれを利用して水回りを拭く。洗面台、トイレ、洗濯機の汚れなど、面白いように綺麗になる。すると掃除スイッチが入り、めったに入らないスイッチなのでゴゴーっと燃えてあちこち拭きまくる。
 
 夏に教会で着るためのトップスを買う。黒で、平凡ではないが私好みのデザインできちんと感がでるもの。夏も毎週教会のミサと教団の礼拝と掛持ちが多くなる。そして夏服は派手なのとか露出度が高いものなので教会の奏楽で着れる服を用意した。シスターからクレームがこないようにしないと。

トルコ桔梗も買った。好きな色の。それからバジルの苗を買った。これからどんどん増やしますぞ。bud

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眠い主日

雨のなか、ミサの帰りは大荷物になった。リュックでは間に合わないくらい。歩いて途中の農家で野菜をたっぷり買い(冷蔵庫すっからかんなので)、図書館で分厚い本を沢山借り、汗びっしょりで帰宅。梅雨らしい気候でもあり、眠い。昨晩、ほとんどまったく眠れなかった。土日はこういうことよくある。昨日は疲れたから眠れるはずなのに。でも体を横たえているだけでも休んだことになるということで、徹夜で働いたわけではないので、エイヤ!と5時にベッドから出る。こういうときはベッドで悶々としないことが肝心だ。でもこれじゃ、時差ボケが治らないな。
 以前、従姉妹たち何人かで何日も山歩きをする旅をしていた。やはり宿で眠れない。朝、「昨日、一睡もしてないの」(;д;)と言うと、年長の従姉妹が目を剥いて、「何なの、あんた!そんなこと、私、なんてことないよ。なんでもないよ。一晩眠れなかったことぐらい、いちいち口に出すからあんたは弱いのよ」と怒られた。そうだよなー。山に行っても山小屋では寝られず、2日くらい徹夜で歩くし、夜行で行ったり、弾丸登山のときは寝ないで登るんだものね。ということで、寝ないでも元気でいる自信はすこし付いたのだが、今はさすがに眠く、仮眠取ってからきょうの後半に行く。ミサのあと神学院でラテン語の難解なイムヌスの注解を受けたので頭が疲れ切った。朝からワインを飲んで、お昼に起床します。
 ザビエル、ルター、ビクトリア、と私の脳内は今16世紀一色になっています。

 昨日の朝日新聞、沖縄の慰霊祭のことと共に麻央さんの逝去の記事が大きく出ていましたね。やはり彼女の逝去はショックなことです。死からほど遠い元気なパワフルな美しい人でしたから。でも、人生は長短だけでは計れない。彼女が健康で長生きして梨園のおかみさんとして、セレブな主婦の生活をして平凡に有名人の妻として終えるより、美しさの絶頂で、最高の美しさ、強さを、癌闘病によって示し、多くの女性に希望と勇気を与えた。癌患者は亡くなる少し前からまったく口がきけなくなる。でも最後に息を引き取るとき、何かを言うのだ。あるいは言おうとする。麻央ちゃんは渾身の力を振り絞って「愛している」と言ったというではないか。海老蔵も舞台稽古からかけつけて間に合った、まっていてくれたわけで、恵みだなあーと思う。私が芸能人のこと書くなんて柄じゃないとお思いでしょうが、ニュースキャスター(NHKだったかな?)で、やはり癌で亡くなり、武蔵境の住人だった人がいて、名前忘れたが有名な人だった。亡くなってから闘病メモが出版され、武蔵境で闘病しているので大いに関心をもって読んだし、もう一人ニュースキャスターで乳癌で骨転移して最後の最後まで講演などで仕事した女性、これも名前忘れたが繰り返し読んだ。ジャーナリストの千葉敦子さんはもちろんのこと。麻央さんは夫が歌舞伎のプリンス(異論はあるでしょうが)だから、夫婦そろって有名人だから注目を集めたけれど、彼女もやはり最後までニュースキャスター魂というか、報道しよう、自分をネタとして報道し、不特定多数の人と分かち合おうという使命があった、最後までキャスターだった、といえる。次々転移していく状況、それによる外面的な変貌をすべてさらしたのだから、偉い!
 さ、寝よう。

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June 24, 2017

忙しい土曜日

ふー、忙しかった。sweat01run忙しいと言っても時間がおせおせではなく、心の中と雑用とで忙しく。朝は早く起きて1時間前にスタジオに着いて、従業員用の入り口から親切に入れてもらった。ラウデージのリハーサルを3時間やって、カムラッドで食べて(スパゲティ、いまいちだな。冷製パスタは考え物だな。私が造ったほうが・・・)、それから荻窪のスタジオに行ってビクトリアの講座。ドタキャンが結構あったのだが、キャンセル待ちしていたG家の人がいて、そんなのかまわず来ちゃえばいいのに。パソコンメールが私の携帯から見れなくなるような意地悪をniftyからされてしまっているので帰宅してから後の祭り。講座のあと立ち飲みビール行こうと思ったが窓口に立つと、早く飲み終われ、とか騒ぐなとかいろいろ書いてあるのでやめて(一人だから騒ぎませんし)、武蔵境に帰って前から気になっていた、近所にオープンした「肴屋」という居酒屋に行く。一人飲みできる飲み屋をいろいろ探しているのだがICUとか亜細亜大学の学生がたまっている居酒屋はやはり嫌で、おっさんが5時ころから大騒ぎしている店も嫌で、境南町の住宅街と商店街の境目みたいなところにある小さいこぎれいな居酒屋。生ビールと少しのお刺身とか舞茸天麩羅とか茶蕎麦とか食べて帰り、7時ちょい過ぎだったのでピアノも弾き、そのあといっきに雑用片付けて、ああ~~!これから明日のミサの準備して寝る!

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June 23, 2017

死を越えていく

がんばってほしいな、癌を克服してほしいなと陰ながら私も応援していた人がついに旅立たれてしまいました。私は彼女のファンではないし、キャスターやタレント時代の彼女を全く知らず、興味もありませんでした。ただ、乳癌闘病中の若い女性がブログで闘病をつづっているという観点でのみ関心を強く強く寄せていました。私の娘も、G家の友人たちも。逝去されたことで、彼女のブログのチェックもきょうで終えます。夫の海老蔵はシアターコクーンで芝居の真っ最中。2回公演の間の時間にシアターコクーンの舞台で記者会見をしていました。気丈に。
 麻央さんのブログの最後の言葉は、おいしいオレンジジュースを飲ませてもらって笑顔になり、「皆様もきょう、笑顔になれることがありますように」というもの。これが彼女の最後のメッセージになった。これは同病の人々へ向けての言葉だったと思うのだが、これが最後として容態が急変したということ、心が痛む。しかし彼女を見ていて、「死去」という言葉は似合わない。マスコミは「小林麻央死去」と伝えているが、彼女は死んで去ったのではなく、死を越えたと思う。病気には勝てなかったが、死をも打ち負かす人間力と愛を周囲に伝えた。人は人生において、何を獲得したかではなく何を残したかが問われる。獲得したものはあの世に持っていけない。すべて手放す時が来る。次の世代に、生き残っている人に何を残すかということで人間力が問われるでしょう。麻央さんは体をはって命をかけて人間の強さと愛の強さを見せ、かけがえのないものをお子さんたちにも残しました。子供たちが誇れるような立派な母として毅然として。イギリスのBBCでも彼女は影響力をもつ100人の女性の一人に選ばれています。なんだか、「安らかにお眠りください」という気持ちにはなれず、お子さんたちをずっと見守ってあげて、、と思います。死を生きて、死を乗り越えて、彼女は今、天空を羽ばたいているでしょう。

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June 22, 2017

ゲネプロ

昨日今日、G家の生徒さんの卒業演奏のゲネプロを聞いた。なんというのか普通の音楽会とは違う耳で、違う基準で聴く。それぞれの生い立ちや音楽歴、めざしているものなどに基づいて聴くと、技術など超越した純粋な音楽的感動がある。不思議だ。1小節聞いただけで、あきらかに素人だとわかる人がいる。でもなぜかその演奏に感動するのだ。純粋なまっすぐな心から直接出てきた音楽、邪心も野心も自己顕示もなく無になって音楽している姿。音程が悪い歌とか、そんなのだったら話は別ですが、体のなかに端正な清潔な音程感がある。ちゃんとした音大を出た人もいるのだけれどやはり私はそういう耳で厳しく聞いてしまう。響きのなかに演奏者が埋没してしまって、響きを追及するあまり、音程が揺れたり下がったりする。そして最も感動したのは音楽教育などほとんど受けていない若者。何故ここにくるの?ここは教会音楽に使命を持っている人が来るのよ、などと思っていたが、そして(オルガンなど弾けるの?)と内心思っていたが、ノックアウトされました。綺麗なタッチで、綺麗な音で、モーツアルトの小品を完璧に弾いていた。皆のように技術的に難しい曲、足鍵盤を使う曲は弾かない。でも音型が細かくなっても一糸乱れず、きれいなフレージングで、きれいな終止感であのモーツアルトのあの曲を完璧に弾いていた。彼とモーツアルトの間の完璧な関係。身の丈にあった曲を背伸びせず、一糸乱れず完璧に。音楽というものについて改めて考えさせられるなあ、G家の人たちを見ていると。

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June 20, 2017

ビクトリア講座

2011年のビクトリア没後400年で行った講座の補足講座をしたくなり、以前もご案内していますが、近づいてきたので再び。
今週土曜日、24日、午後3:15~4:45 杉並公会堂スタジオC
         26日 午後6:00~7:30 吉祥寺美術館音楽室
         2日とも同じ内容ですので申込みはどちらかに。
受講料:1500円(当日払い)

ビクトリアのモテットを典礼的な観点から、特にスペインの典礼の観点から。そして作曲家として以外のビクトリアの側面を新たに発見された手紙や文書などを中心に講義します。
 24日はあと4人くらいの空きがあります。26日は場所が広いのでまだまだ、

2011年のときは部屋にはいりきれないほど、椅子がたりなくなるほどの盛況でしたがやはり記念年ということで盛り上がっていたのでしょうか? 今は熱が冷めたのか、あの時懲りたのか、申し込みは少ないです。私は熱が冷めてはいません。

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afterimage 残像

昨日は朝から出かけ、吉祥寺の駅のスタバで私の一日ははじまった。午前中の講座のあと、学士会館で「文化財と古楽」のコンサートの打ち合わせがあった。事務局のお二人と、金澤先生と。その前の隙間の時間に、学士会館至近距離にある映画館、岩波ホールでアンジェイ・ワイダの最後の作品、「残像」を見る。無論、ポーランド映画。スターリン体制下でカンディンスキーやシャガールとも親交を持ち、創作と美術教育に打ちこんだ前衛画家ストシェミンスキー(1893-1952)の晩年を描いたもの。
 そうだ、これが映画なんだ、映画には思想がなくてはならないんだ、とずっしりと重かった。飛行機の中で見るような軽い、というかゆるい、ゆるゆるの邦画と違って、ゆるみは寸分もないし癒しなどひとかけらもない。そして希望などない。絶望と死、みじめさ、悲惨しかない。これを観た私達が希望を生み出す生き方をしなければならないのだ。
 言葉が素晴らしい。こちらの知性をビシビシ刺激するような言葉が飛び交う。彼の視覚芸術論って出版されているなら読みたい。

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June 18, 2017

野菜

しばらく留守にして生協の配達もずっと休んでもらったので、冷蔵庫はほぼすっからかん。でもわずかの野菜や乾物、冷蔵庫の残り物で料理を捻出し、買い物しないで帰国後1週間を過ごしたが、きょう、ミサの帰りに農家で取れたての朝どれの野菜を購入。リュックに背負って帰る。そしてまた帰宅後は福島野菜畑からも届く。かぶっている品目もあるが、さあ、またきょうからたっぷりの新鮮野菜で料理を作るぞと言うj意慾に燃える。海老蔵がデトックスのために、とかいって、玉ネギをゴロゴロ大きいまま大なべに煮込んでいるのを見て、やってみたくなり、4つ割りにした玉ネギをゴロンと入れて圧力鍋で圧力をかけて煮込んでみる。本当は皮も一緒に煮出すとおいしいだろうな。玉ネギの皮はポットに入れて水を注いでおくとすぐに茶色くなり玉ネギ茶となる。
 とれたてのインゲンのあまりのおいしさに、レンジで1分だけチンしてバターで炒めて塩とにんにくをからめた。おいしかった!あとはマーボー茄子とか浅漬けとか。

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June 17, 2017

不思議なこと

アウグスブルクで、平日に会った小学生に「きょうは、学校は?」と聞いたら、聖霊降臨祭後の休暇だという。
ええ?本当? 確かにそう言ったよね。ドイツ語だけど確かに。復活祭の休みがあるのは知っていたけど、そして昇天祭も木曜日、学校休みになるの知っていたけど聖霊降臨後の週もお休み?
 アウグスブルクの人に「日本について何か知っていますか?」と聞くと、やはり、天皇に興味があるという。これはきっと本当なのだろう。日本に演奏旅行に来た人が本番とGPの合間を縫ってなんとか皇居に行こうとしていた。まず、皇居が見たい、ということ。そして雅子さんを可哀そうだ、と言っていた。雅子さんの苦悩は有名らしい。

 ある曲をずっと練習していて、昔難なく弾けたのに、何か息切れがするというか、自信なくて、おかしいな、体力、筋力が衰えた?いやそんなはずはない、でも弾けない、、、と落ち込み、白子のあとヨーロッパだったので1週間以上ピアノを触ってない。帰宅してから、その曲を弾こうとして、「どうせ1週間もあいたから暗譜すら怪しいし、ますます落ち込むだけよね」と思いながら弾き始めると、なんと、出発前よりまともにちゃんと昔のように弾けるではないか!happy01毎日練習していたことが、1週間、ピアノに触らないでいた間にちゃんと筋肉に定着しているではないか。練習って大事だ。即、効果があらわれるわけではなく、自分でも知らないうちに熟成されていくのだ。こないだまではぐいぐいと体に押し込もうとしたけれど駄目で落ち込んでいたのに、すんなり入っていける。音楽の不思議。
 
 「詩と音楽の時」のチラシができる。ラウデージと違って不特定多数の人に宣伝することができない。特殊すぎて。だから私の場合は一人一人にDMを出すのだが、やたら数は多くないので一人一人に手作り封筒、そして手書きの手紙を添えて出す。この人にはこの絵葉書で、とかこの封筒が好みそう、とか考えながらするので時間かかるけれど、私の人間関係内の重要なコミュニケーションでもあり、昨晩は、「あ、もう限界」と思うまでやっていた。
 

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昨日は久しぶりにぐっすり眠った。薬も使わずに、夜中一度も起きずに。
きょうはリュック背負ってK音大へ。
Graduale Sarisburienseを借りる。オール・ファクシミリ。しかしソールズベリーですから序文が英語なのが嬉しい。
それに、Das einstimmige Sanctus der romischen Messe(von P.J.Thannabaur)とUntersuchung Einstimmiger Mittelalterlicher Melodien zum Gloria in excelsis Deo(Forshungbietrage zur Musikwissenschaft,Band II)von D.Bossも借りる。こういうのがK音大にあるんですよ!感激的なのだけれどこれは海老沢先生が偉かったから。ああ、これからどうなるの?K音大はどうなるの?今日も異常なポスタ-見ましたが・・・。
 しかし、この本、MMAと同じく、どうしてこう難解で使いにくいの? ドイツの特徴でしょうか? コルトナ起源の(コルトナ・エトルスクアカデミ―所蔵の)Sanctusの旋律見たいのだが、どうやったらいきつくの?MMAは裏ワザを使って使えるけれど、、、。こういうこと相談する人もいなければ、このeinstimmiger,,,のことについて、グレゴリオ聖歌の諸ヴァリアンテについて話をできる人など周りにはまったくいない。問題がグレゴリオ聖歌であってもG家にはこういうことを話し合える人はいない。
 ま、それはともかく、K音大の友人に「ゆりさん、xxxx行ってたんでしょ?」と言われ「え?なんで知ってるの?私誰にも言ってないし」「Sさんから聞いた」、あ、そうだ。Sさんに会ったとき、「ゆりさん、xxxに行くのね」と言われ、「え?何で知っているの?」「あ、だってゆりさんにきいたもの」「そうだっけー」、、、というボケた話があり、昨日はG家の同僚に、「ゆりさん、おかえりなさい。xxxに行ってたんですよね」「え?何で知っているの。私話してないよね」「何で・・・・・って、あ、稟議書見たかな?」「(なんで私の稟議書見るの?) 稟議書には休暇届しか書いてないもん、休む理由は所長にしか言ってないもん」「あー、でも誰かから聞いた。それで、何しにいってたんですか?」「ええ~!何がどこまでバレているんだろう。
 Photo
この美しい村で、私の秘密が(もはや秘密じゃないけど、あえて言うことでもない)


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