February 23, 2018

信じられない訃報

日本におけるバッハ学者のトップである礒山雅先生の訃報記事を、今朝、家人から見せられ、ずっと案じてはいたけれど、亡くなるとは思っていなかったので「やだ!うそ!」としかいいようがないショックを受けた。先月の大雪のあと凍った雪道で転倒して頭を打ち、意識不明ということはG家の先生から聞いていた。半身不随になるかもしれないとも。これから苦しいリハビリが始まるのかな、と同情していた。国立音大の友人からもすぐにメールがきた。「ゆりさん、礒山先生のこと知っていますか? すぐに彼のブログを見てください」というメール。ブログトップに葬儀の日程や場所が案内されていた。国立音大のすぐそばでなさるのだな。皆さんが来やすいように?
 私は今まで彼のブログを見ていなかったのでこれからゆっくり全記事を読ませていただく。昨年暮れにルターの宗教改革記念行事の一環で上智大学で礒山先生を招いてシンポジウムとかレクチャーがあった。神学部の先生から「ゆりさんも是非来るように」と誘われたのだが用事でいけず、「素晴らしかった。あとで録音をあげる」と言われてそれきり。会うチャンスを逃した。最後にお会いしたのは音大関係のパーティーの席で、あまり話しもできなかった。惜しい!残念! 堅物に見えるけど、おちゃめで楽しい人、面白い人なのです。私は国立音大でB型山岳会というのを作っていて、礒山先生がなぜかそれを聞きつけて、自分もB型だから入れてくれという。それでしょっちゅう一緒に山に行っていた。一緒にとった写真もたくさんあるし、思い出がいっぱいだ。私が音大を退職したあともそれは続いた。典型的なB型だけで登山というのは結構おもしろく、ここにA型の人が入ると私たちの行動様式についていけない。先生の40歳の誕生日にも皆で山に行った。しかも丹沢の「不老山」、名前がいいのでもう喜んじゃって。山頂で私持参のフライパンや鍋で食事作っている写真も残っている。今は辛くて見る気になれないが。
 バッハ学者の双璧だった小林義武さんも彼と同じ年齢で病没されたし、三宅幸夫さんも同年だ。
ご冥福をお祈りし、お別れには何としても足を運ぶつもりだ。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

February 22, 2018

買い物

買い物大好き。しかもきょうは自分でお金払うのではない買い物。出張買付に。神保町の古賀書店からアカデミアまで歩いた。歩きながらチマチマと自分の買い物もした。神保町の便利堂で山口晃の絵葉書(ザビエルの)を買い、神田教会に行って教会の絵葉書セットとクリアファイル買った。アカデミアに行くと、担当者の女性が薄いVネックのセーターで現れた。「雪になりましたねー」なんて言いながら。そうか。普通はオフィスでは女性はこんな薄着でいられるんだ。こちとら、もこもこに着込んでいかないと風邪ひきそうな部屋から来たのでスタッフの皆さんの薄着が新鮮でした。
 新しく買ったガラホはスマホと同じ機能が付いているのだが、勝手に余計な機能つけてやだ。万歩計みたいのが頼みもしないのに入っていて、「きょうは目標達成しました。これからもこの調子でがんばって」というメッセージが入っている。余計なお世話だっちゅーの。私はジョギングいくときは携帯なんて持って行かないし、携帯を非携帯で歩いている歩数はかなりあるんだから。それに「お気に入りリスト」にAUのオンラインショップとかAUの何とか、とか全然気にいってもいないのが勝手にお気に入りに入っているんだけど(`Д´)全部消した。万歩計も消えてくれよ。自分が何歩歩いたかなんて興味ないし、そんなもん、記録したり、褒められたりするもんじゃないだろー。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

きょうの発見

デンクメーラーのエステライヒのヤールガング22にミヒャエル・ハイドンのミサ曲が3曲入っている。聖フランシスコのミサ(これは意外な発見)と枝の主日のミサ、四旬節のためのミサ、何が面白いかは詳しくかけないが、大変面白い。へえ~~!という感じだ。(゚0゚)枝の日のMissa in Dominica Palmarum secundum cantum choralen。これは実際の典礼に使ったのだろうな。G家の先生たちに知らせなきゃ、と思うくらい興味深い。これは私の原稿ネタに。

 プロテスタントの教会は基本的に図像(イエスの磔刑もマリアなどの聖人も)を置かない、ヴィジュアルに訴えないのだが、唯一の例外がある。ご存知でしょうか? でもこれは私の知る限り、私が関与した教会すべてに共通するというだけなので普遍的なものかはわからないが、「祈る少年サムエル」だけは礼拝堂のなかに掲げている。祭壇のところではなく、脇のほうとか、玄関とか。H教会はオルガンの前に。子供のころもサムエルのカードとかよく配られたのでサムエルの「主よ、お話ください、しもべは聞いております」というサムエルの言葉とともにこの図像は親しいものである。幼稚園児のころから私にとっては聖母マリアよりもずっとサムエルの図像が親しい。それでこのサムエル記についてなのだが、今、R大学の秋の講義のために来月には配布資料とレジメとすべてまとめて 提出しなければならない。冊子をつくってしまうそうで。それで準備をすすめているのだが、聖書と音楽について昨年と同じでよいといわれたが全く同じではなくやはりいろいろ変えたり付加したりしたいので、サムエル記についても話すことにした。音楽の立場からサムエルについて何を言うのだ?と思われるかもしれないが、私には伝えたいことがある。文化史的、音楽史的現象としてあらわれたサムエル記の影響を。

 少し古いがワルケンホースト師の旧約関係のものを今いろいろ読み返し、「詩編22の祈り―詩編の神学」を電車の中で読んでいる。あらためて読むと大変参考になる。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

February 21, 2018

ルドン

昨日、中音の練習に行く前に、三菱一号館美術館というところに初めて行く。ルドン展のために。閉館の時間に観終わるように遅い時間に行った。知らなかった。こんな明治時代のレンガの歴史的建造物のような美術館が東京駅のすぐ近くにあるなんて。丸の内口って何か外国に来たみたいな、日本じゃないみたいな印象がある。そして美術館とそれを囲む建物というかあのゾーンは田舎者の私がおじけづくにはじゅうぶんでした。美術館も外国の美術館のようだった。つまりすいている。上野の美術館みたいに会場内が混んで雑然として変なおしゃべりが聞こえてきたりしない。ルドンはそれほど日本で人気ないのかな。でもよかった。素晴らしいコレクションがゆっくりみれた。美術館に入ってしまえばおじけづくこともなく一人の私として堂々としていられる。「若き日の仏陀」とか「神秘的な会話」「沈黙」「閉じた目」「日本風の花瓶に生けた花」とか私の好きな作品もたくさんあった。私は黒の時代のルドンの黒も好きだし色の時代の彼の色もすべて好き。彼は異形の人物や動物、奇怪なものを好んで描くのであまり普通の人には人気ないのかもしれないが、何かひとつの秘密から発展させてイメージを展開して構成して、謎で問いかけて、という音楽に似たところが好きだし、彼の描く花は、もう花を越えた神秘だ。学生時代、ルドンを見て以来、これこそ私の内面世界そのもの、と思っている。
 ミュージアムレストランがあったが、ヨーロッパの高級レストランのような感じで、外からチラと覗くのもためらわれた。しかしこの美術館は足を運ぶ価値があるのでお勧めします。ルドンは5月20日までだけれどそれ以外にもいろいろあるようですね。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

赤い木のアレゴリー

帰宅は10時ころになることわかっているのだが、ルッコラのペペロンチーノを作り、玉ネギのスープとワインで食べようとそれを楽しみにひたすら楽しみに帰り着く。電車のなかで手順を考え。外出先でパソコンにきたメールが見られるように携帯の機種変をしたので電車の中で見ると、日本合唱センターから仕事のメール来ていた。私は昼間に電話くれるものと思って先週から待っていたのに。なぜ、夜の帰宅と同時に仕事の長いメールを見なければならない? ある程度片付けてあとは明日、職場で。
 私の大好きな画家、オディロン・ルドンについて書きたいのだが、疲れているのでまたいずれ。ルドンの絵はやはり音楽的だ。そのような解釈もある。息吹をふきこんで、動機づける、というようなことを言っている。謎めいた流動性も解釈の多義性も。
 Allegorie, un arbre rouge non rougi per le soleil 印象的な謎の絵で、キリストの洗礼という説もあればNo li me tangereの構図だという人もいる。遠目には一瞬、洗礼者ヨハネとキリストに見えるが、そうではない。私の直観では、赤い木が主要なモチーフだ。「赤い木、しかし太陽によって赤いのではない赤のアレゴリー」というタイトル。あの木はキリスト教的にはarbor→lignumと解釈できる。息をのむような美しい一瞬をとらえている。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

February 20, 2018

これからのこと

死ぬまでにやりとげたい100の願いのリストのなかに、「カンティガのテキスト全訳」というのがあり、とても無理だと思っていたが1日1曲訳せばできなくはない。ワードになんとなく今までラウデージやグレゴリオの家でやったカンティガの訳をまとめていたが、きちんとフォルダを作ってドキュメントのなかに整理してみた。何曲訳したか、どれを訳したか一目瞭然。すると、なんと19曲しか終わってない。おかしいな、たったこれだけ? あと380曲以上ある。クラクラするが死ぬまでになんとかしよう。カンティガを演奏したい人のお役に立つかもしれないし。今朝訳したのはよい修道士が5つの賛歌を選んで冒頭文字をつなぐとMARIAになるように配列し、毎日祭壇前で歌い、そして平伏して、痛悔をした、そして彼が死んだとき、口から5つのバラが咲いたという美しいお話し。アンナ・アゼマの演奏で聞いたことあるようなきがする。

 フィレンツェ・ラウダ概論は絶対に今年中になんとかする。私が集中したいのはその後の各論である。マリア賛歌はコルトナほど価値がない。価値あるのはフィレンツエ・ラウダにおけるPlanctus Marieである。各論としてこの問題、それとフィレンツェ・ラウダにおけるイエス、また信仰の内面化の問題(霊魂の対話のようなものがある)。聖人はコルトナのような価値は(私にとっては)ない。全体をかすかに流れているMemento mori-これはフィレンツエの当時の時代背景とともに考察していかなけえばならないのだが。時間があるだろうか?生きているうちに。
私などいつ癌になってもおかしくない、もう秒読み状態かもしれない。そのくせいっさいの検査を受けてない。しかも枇杷の粉末駄目だと農林水産省から言われている。

 昨日のランチでオムライスをおいしく食べたがご飯は五穀米だった。そしてチリメンジャコが入っていて、ときどき山椒の実も入っていてそれが五穀米にマッチしておいしい。家のご飯が私も15穀米を炊いてあったので、そして鎌倉でちりめん山椒を買っていたのを思い出し、さっそく混ぜてみました。おいしい!下北沢と同じ味になった。きょうはそれでおにぎりを作って朝は部屋に籠城。午後から出かけますが。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

February 19, 2018

買い物

世田谷教会で講座が終わって、楽しくおしゃべりランチをして、私はいつも月曜日の講座のあとは少しリラックスして街歩きをするのだけれど下北沢はネットでみるとなんとも素敵な所だがいまいちなじめない。一人でうろうろするのが居心地よくないのでやはり古巣の吉祥寺に戻る。私の兄嫁も言っていたけれどとにかく元気の出ないときは吉祥寺に行け、というほど好きなところ。買うべきものはなく、ブラブラウインドショッピングするだけ。冬山用のアウターを買ったのでもうこの冬はなにも買うものがない。ヒールの高い黒のショートブーツも欲しいけどあきらめて次回にする。と思いつつハーモニカ横丁に入り、ピープルツリーのものが置いてある店にフラ~っと入ってしまう。リスの柄の布が目にとまってしまった。リスは集めているんだし、いいよね、これは出会いだ、と思って1枚買った。グレーと茶と黒の3色のうち黒いのを。次、コピスに行き、エスカレーターを昇って次々店を見ていると有田焼の食器のバーゲンをやっている。私はこの店を手ぶらで出ることはできないだろう、、とワクワク予感し、購買欲を高めていたが、手ぶらで出た。何か、モダンなデザインすぎて、持っても軽いし、本当に有田? やはり和食器は鎌倉で買おう。そして入るつもりもなかったその向いにあるオーガニックショップで「押し麦」を買った。私は料理に雑穀を使いまくるので。白米にも無論混ぜるけれど。そして5階のチャイハネ(エスニックショップ。モン族、リス族のグッズも豊富)に行く。こういう店で冬物は買わないし、見るだけね、と思ったが駄目だった。夏のサンダルを買ってしまった。決定的な出会いだ。こんな個性的なサンダル他にないもの。ここで買わねば、それにこれは夏用だから、冬もの買わないという決意は汚していないし。ほんとうに素敵なの。素足にペディキュアして早くこのサンダル履きたい。それまで生きていたい。
 ストイックにしているのでたまに、買い物日と決めるとついついウインドショッピングではすまなくなる。
 というわけで、今回もけっこう前々からかなり準備して勉強して学識ある司祭に相談したりして講座を何とかひらいたけれど、みなさん結構楽しそうに聞いていてくださり、歌えないけど話だけは楽しかったとか言ってくださったけれど、来月の講座のために、今晩からまた勉強が始まる。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

February 18, 2018

3月講座案内

3月の「中世聖歌講座」は3月17日(土)14時~と19日(月)10時~です。
3月17日というのはカトリック教会では信徒発見の日にあたります。隠れていたところを発見されたわけではなく、みずから勇気をもって名乗り出たのですから[杉本ゆりという女性が)、信徒名乗り出の日というふうに名称を変えてほしいところです。
 それにちなんで講座でとりあげるのはSapientiam sanctorumです。これは最近長崎で発見された古いカトリック聖歌集のコピーを見せていただいたことで決めました。クリスマスと復活という2つの大祝日の間に「26聖人殉教記念日」というのが大祝日扱いで載っているのです。これは札幌などで印刷された聖歌集からは欠落していて長崎のものだけです。これに感動を覚え、講座のテキストを決めました。私にこれを指導する資格はありませんが、勉強させていただきます。これを機会に。
 参加希望されるかたは必ず事前にお申し込みください。会費(1000円)は当日支払です。無断キャンセルした方からはキャンセル料をいただきます。
 復活祭間近の日程ですので、Concordi laetitiaも歌います。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

主日

きょうはミサ後の予定がなくなったので、ミサのあとシスタ-と少し話して、そして三鷹に出て三浦屋でカフェオレ飲み(すごくおいしい)、飲みながらきょう一日の予定を立ててノートに書いていく。そして早足で歩いて三鷹の農家に行き、ルッコラとかいろいろな葉物野菜を買って帰る。
 日が暮れてからピアノを弾く。だから暗いままにして楽譜は観ないで弾く。20世紀に入ってから発見されたショパンのノクターンがある。短く、平易な曲で静かな小さな湖のような曲だ。これを静止した沼のように弾く人もいる。平易とはいえ、私にとって完璧に弾くのは難しい。暗譜できたつもりでも細かいところにいろいろなイレギュラーがちりばめられてパターン化しないし、11連とか13連音符とかを美しくいれていくのは簡単ではない。しかし曲が短いので何度も何度も弾くことができる。
 きょうは時間があるのだからのんびりしていないでいろいろなことを進めていかないと(4月までに大学に提出するものとか今やらないともうできなくなる)いけないのだが、フュギアスケートの動画をつい少し見てしまった。あの人たち、人間じゃなくて妖精みたいだ。
 今、東京でルドン展をやっている。植物画中心らしい。私はルドンの描く花の絵がものすごく好きなので必ず行こうと思っている。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

February 16, 2018

買い物

この冬、絶対に買わねばと思っていたものー冬山用のアウター、雪山でも使えるもの。これのセールを狙って狙って登山用品専門店を巡り歩き、目星をつけていたものが運よく売れ残っていたので、きょうは決意して迷わず購入。今までつかっていたものは吉祥寺の登山用品のアウトレットの店で数年前買ったのだが、衣服として崩壊したのだ。真っ赤で色は気にいっていた。そして内側に白く防寒のコーティングがしてあるのだが、白いコーティングの部分がはがれてきて、細かく落ちてくる。つまり白いので細い雪が降っているみたいに。雪山を歩いているときなど、雪も降っているが私の衣服の内側からも白いものがたえまなくひらひらと落ちてきて、あたかも私自身も雪を降らせているような不思議な光景になる。雪の精、なんちゃって。まあ、外ではそれでいいのだが、駅に着いてコーヒーなど飲もうとすると、私が座るとババっと白いものが床に落ちる。まるで雪を連れてきたかのように。しかも解けないので床がまっしろになるという迷惑なことになるが、外側は赤いアウターなので赤いところから白いものが落ちてくるとは周囲の人も想像できない。帰りの電車のなかで隣にすわったおじさんのズボンの上に白いものが降り積もったのを見て、もう限界だ、と思い、帰ってからすぐにゴミに出した。今度はアウトレットより賢く安く買うことができた。中に着る厚手の冬用フリースとジッパーで連結できるやつ。色はピンクと紺で迷ったが、紺は好きだが山で着るとみじめな雰囲気の色になる。ピンクは私好みではない派手なピンクで、まるでスキー客みたいだ。でもお店の人が「お客様にはピンクがあいます」ときっぱりおっしゃり、「でも、東京でも、雪降ったりすごく寒いときは山服着たいんですよ」と言うと、東京だって雪が降ればこのピンクが合います、と言ってくれた。他のグッズはネックウオーマーも防水手袋もボトムも帽子もすべて黒だから、ピンクでもいいか、恥ずかしいけど、山だし、ということでルンルンです。とりあえずどこかの山に行きたい。東京近郊じゃだめなのです。汗かいちゃう。標高2000以上くらいのところ用なのではやく試したい.
Photo
Photo_4


写真は捨てたアウター。

 きょう、あちこち移動しながら、空き時間に必死に「カロリング帝国とキリスト教会」(オイゲン・エーヴィヒ)を読んだが、もうややこし過ぎて頭に入らない。人間関係が頭に入っていかない。でも、私にとってjは面白いことが」たくさんありました。


| | Comments (0) | TrackBack (0)

February 15, 2018

節酒

四旬節の間、キッチンドリンクをやめようと思う。毎年そうしている。寒い時期なので辛いが。そして昨日はカトリック教会の断食日でもあったので休肝日にしてみた。休むことなく毎日飲んでいますので。ちょっと辛かったが、そういうものと思えば飲まずに過ごせる。つまり私はアル中ではないということが立証された。しかしベッドに入るとき、時計を観たら12時過ぎていたので、あ、水曜日は終わったと思って布団のなかで楽しく飲みました。
 
 G家では年末にカレンダーの寄贈を呼びかける。わけあってそれをいろいろ海外に送ったりするのだが、余分なものがかなり出る。私はそれをすべて貰い受けて、手作り封筒にいそしむ。昨年はけっこうおもしろいカレンダーが余ったのでやりがいあったのだが、今年は少なく、そして「ええ~?」と思うようなのしかない。それでも、使う角度によってすごく素敵になったりするんです。盆栽のカレンダーなど、「ダッサーイ」と思ったが、幹を入れずに盆栽だということがばれないように花の部分だけ使って封筒つくってみたら、なんとも神秘的な素敵なのになったので、そしてとても丈夫なので早速、友人にのど飴を郵送するのに使いました。外国の街をスケッチしたカレンダーは外国に送っても意味ないのでそれも私のところにまわってきたが、絵の部分だけ切り取って、そして紙が分厚いのでコピー楽譜の補強に使える。早速、スピーチ用原稿の台紙に使ってみました。ブックカヴァーとかいろいろできてカレンダーは楽しい。犬の絵のオンパレードのカレンダーもありまして、かわいくないし、これは使えないな、と思うけれど裏の白い部分を表にだして普通の白い封筒は作れる。あとラッピングとか、犬が写ってない背景の色がきれいな場合はその部分だけ封筒に使うとか。どうしようもないのは四角く切ってメモ用紙に。とにかく紙を絶対に無駄にしないで使い切るエコロジーライフ。
 節酒しながらハーブティーでしのぐ冬の夜です。night

| | Comments (0) | TrackBack (0)

February 14, 2018

灰の水曜日

きょうから四旬節、ということでまたはりきって計画を立てる。ある時節の区切りがあると、夏休みであれ、四旬節であれ、待降節であれ、この期間に成し遂げること、という目標をたててそれに向かって進むのが趣味のようになっている私。宗教生活の目標もたてるのですが、世俗的なことも。この四旬節にはこれを成し遂げたな、と思えるような日々にしたいものです。
 昨日はカーニヴァル、きょうは灰の日。灰の日の典礼はすごく美しい。グレゴリオ聖歌のテキストも旋律も。それを真摯に学んで歌うG家の生徒さんたち。こういう典礼が可能になっているこの家はやはり日本のなかでは特別に恵まれた所である。

 Christus vincit, Christus regnat,,,,という古めかしい聖歌は「王たるキリスト」の日の歌だとずっと思っていたが、きょう、「カロリング帝国とキリスト教会」という本を読んでいて、カール大帝(たぶんピピンの時も)のための国王頌歌だったということを知る。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

February 13, 2018

R大学の入試のとき、監督の先生方がエレベーターを使わず、狭い階段にぎっちり連なって、はあはあしながら登っておられるのを見て不思議だったのだが、きょう理由がわかった。「節電のため、なるべく階段を使いましょう」という貼り紙があり、普段から皆さん階段をお使いのようなのだ。素晴らしいこと! 体の悪い人や辛い人はエレベーター使うと思うけれど、普通に元気な人は、何もエレベーターに頼ることはないのよね。昨年も階段が渋滞するくらいだったのを思い出した。きょうの監督者の名簿を見ると、私と同じ講師の身分のなかにフランシスコ研究者のMさんの名があった。MさんもR大学にいらしているんだ。お話ししたいと思って探したのだが見当たらなかった。この業務はきょうで終わり。
 

| | Comments (0) | TrackBack (0)

«日誌